”私が醜形恐怖症にかかり、ルッキズムに囚われるようになるまでの話” 私の名前は初対面の人に読んでもらえない。 普通に生きていれば見ることのない、書くのも難しい漢字が私の名前には使われているから、初対面の人に驚かれるのが嫌で毎年始業式が憂鬱だった。 そんなことを考えていてもしょうがなく、今からちょうど一年前に私は入学式を迎えた。 でも、中学で三年間死に物狂いで勉強してようやく受かった憧れの高校だったから、楽しみな気持ちの方が大きかった。 入学式の日の朝、唯一のコスメである桜色のリップを唇に乗せて駅まで駆けて行った。 式は意外とあっさり終わり、その後のホームルームでは近くの席の人と自己紹介をし合う時間があった。 「私、〇〇です。よろしくね。」 「う、ん…」 隣の席の男の子は私の名前に心底驚いたみたいで、口をあんぐり開けていた。 せっかく優しそうな顔してるのに、失礼なヤツ。 私はその態度に反感を覚えて、少しそっけなくしてやった。 次の日、授業での初めてのペアワークは数学だった。 ふたりで一枚のプリントを共有して、そこに載っている問題を解くというもの。 提出するから記名欄もあったけれど、私は提出する直前に書こう、なんて思っていた。 数学の問題は難しかった。 でも隣の席の男の子は理系科目が得意みたいで、私は彼が走らせるシャープペンシルの先をただぼんやりと眺めていた。 そして彼は出てきた答えに自信ありげにアンダーラインを引いた後、その勢いで記名欄に名前を書いた。 彼のじゃなくて、私の。 私はびっくりしてしまって、固まった。 だって、だって彼は私の名前の漢字を、問題を解くのと同じようにサラサラと書いたのだ。 「なんで、」 「昨日、ゴメン。朝の電車で覚えてきた。いい名前だね。」 彼はキメ顔のつもりだったんだろうけど、言いながら顔がみるみる赤くなっていて、最終的にはそのまま目を伏せて俯いていた。 その時、私は彼を好きになった。 ひとくくりに言えば“恋”だけど、今まで持ってきた恋愛感情とは違った。 いつもはニヒルな男がニヤッと笑う時の顔に心を奪われたこともあったし、どこからどう見ても完璧な男の言うことにただただ赤面しながら頷くだけの恋もしてきた。 でもそんな火傷みたいな感情ではなくて、心がじんわり温かくなる恋は今までの人生の中で初めてだった。 そんな彼の顔を見ていると私も恥ずかしくなってきてしまって、結局ペアワークの時間が終わるまでふたりが言葉を交わすことはなかった。 でも好きになるのに時間がかからなかった分、失恋も早かった。 彼には好きな人がいるらしい。 名前はミカ。 彼が仲良くなった男の子たちに話している恋愛事情は、近くの席の私に筒抜けだった。 ミカちゃん。 可愛い名前。 名は体を表すということわざがあるけれど、あながち間違っていないと思う。 だって、現に私は小難しい性格をしているから。 人一倍プライドが高いから。 ミカちゃんはきっといい子なんだろうな。 すごく優しくて、きっと頭もいいんだろうな。 私が負けるのもしょうがない。 失恋までが早かった分、そこまで大きなダメージもなくて、そんなものかあ、なんて思っていた。 彼とのペアワークの時間も、割り切って話せるようになっていた。 「ミカちゃんの写真、見せろよ。」 ある日、クラスでいちばんお調子者の男の子が、そう言いながら彼を肘で小突いた。 私は思わず顔を上げた。 「いーけど。」 彼は恥ずかしそうにおずおずとスマホの画面をみんなに向けた。 男の子たちがわらわら集まる背中同士の隙間から、興味本意でのぞいてみた。 ミカちゃんの“ミ”は、“実”でも“未”でもなく、絶対に“美”だと分かるような可愛い顔をしていた。 何それ。 頭を鈍器で殴られたような気分だった。 彼に好きな人がいると知った時の何倍もショックだった。 見なきゃ良かった。 彼みたいに素敵な人も、やっぱり顔が可愛い人が好きなんだ。 彼みたいに頭が良い人も、やっぱり顔が可愛い人が好きなんだ。 いろんな考えが頭の中で交錯して結局その日の授業は全く集中できなかったし、ペアワークの時もずっと思い詰めたような顔をしていた私を彼はずっと怪訝な表情で見ていた。 そのままのろのろと家に帰って、いちばん最初にスマホで検索する言葉なんて決まっていた。 🔍垢抜け方 突き詰めていくと、この瞬間から私の醜形恐怖症は発症したんだと思う。 あの時、彼が写真を見せた後も男の子たちはミカちゃんの話題を離さなくて、私は聞きたくもないのにミカちゃんのプロフィールを知ってしまった。 偏差値が学区の中で二番目に低い高校に通っているらしい。 私が中学生の時に馬鹿にしていた、可愛いだけで頭が空っぽな女の子に、負けたんだ。 私の方が努力してきたはずなのに。 …ミカちゃんに勝ちたい。 可愛くて頭が良い、ミカちゃんの上位互換みたいな女の子になりたい。 あわよくば彼に振り向いてもらいたい。 その日から私は、見た目に執着するようになった。 下地。ファンデーション。パウダー。アイブロウ。アイライナー。チーク。リップ。 カラーコンタクト。まつ毛パーマ。縮毛矯正。髪質改善。 キーホルダーがごてごて付いたスクールバッグ。太もも丸出しのスカート。ヒール付きのローファー。 美容液。美顔器。 その他諸々。 一年かけて、全て揃えた。 化粧品を買うためにアルバイトまで始めて、アルバイトが終わるとふらふらの状態で勉強机にしがみつきながら必死にシャープペンシルを動かした。 全てにおいて余裕がなかった。 そして女の子は、顔に液体や粉を塗ると急に男の子の視界に入るようになるらしい。 他クラスの男の子から執拗にメッセージが来たり、バイト先の大学生に言い寄られもした。 もちろん全て断った。 途中から彼のためなのか自分のためなのか分からなくなっていたけれど、見た目を整えるたびに画面の中で笑っていたミカちゃんに近づけたような気がして、なんというか、気持ちよかった。 化粧って薬みたいだ。 可愛くなることの副作用として、化粧をしていない状態の自分の顔が許せなくなる。 化粧をしていないと外に出られなくなる。 化粧をしていない女の子を見下すようになってしまう。 私は彼に薬漬けにされたんだ。 中学生の時にあんなに楽しみにしていた高校生活のうちの一年間は、ずっと苦しいままだった。 そして今日、ついに終業式を迎えた。 もうこのクラスとはお別れ。 彼ともお別れ。 結局彼はミカちゃんに告白して振られたらしい。 でももうそんなことはどうでも良い。 最後のホームルームの時間に盗み見た彼の横顔は一年前と全く同じで、変わっていたのは私だけだった。 彼のおかげで可愛くなれた。 感謝してるよ、ありがとう。 大好き。 なんて言うわけねーだろ馬鹿。 私を薬漬けにした罪を一生をかけて償ってください。 できないなら消えてください。 #醜形恐怖症#ルッキズム#メイク#小説#恋愛2026/03/20に公開104,800 回視聴 9.21%8,38355×インフルエンサーコンテンツCSVダウンロードフォロワー総数、フォロワー増減数、エンゲージメント数、エンゲージメント率ダウンロード※ データには投稿ID, 投稿URL, 説明文, 再生数の他、LIKE数, コメント数, シェア数, 動画尺, 公開日が含まれます。 コンテンツをCSVでダウンロード