彼氏が不妊治療を受けていた_そのことを知ったのは、5日前の夜_ その日、彼氏はソファで寝落ちしていた_ 私は顔につけていたパックを外して、彼氏のそばにしゃがみ込んだ_ 足もとに、彼氏のスマホが落ちていた_ 夏目友人帳のアニメが流れていて、私はパックを丸めながらしばらく眺めていた_ 「見たらダメ」そう自分に言い聞かせて、私はスマホを閉じようとした_ でも私は、画面に触れてしまった_ 彼氏のラインを開いてしまった_ 最近の彼氏は、ベッドに入っても身体を寄せてくれなくなっていた_ 同棲して3年、最後に彼氏に触れたのは3ヶ月も前だった_ 最初に触れたラインのトークリストには、彼氏のお母さんとのやり取りがあった_ 『しばらくのあいだそっちに戻るから、引っ越す準備ができたらまた連絡する……』 私はすぐにトーク画面を開いた_ そこには、『3ヶ月前から不妊治療を受けてる』と書かれていた_ 私は、ソファで寝ている彼氏の背中を見つめた_ スマホを握りしめて、眉間にシワを寄せた_ どうして早く相談してくれなかったんだろう_ こんな大事なこと、早く話し合うべきなのに_ そこから私は、彼が不妊治療について話してくれることを待った_ 日を追うごとに、相談してくれない彼に対する嫌悪感が大きくなった_ それと同時に、スマホを見てしまった罪悪感も大きくなった_ 5日後の夜、ようやく彼のほうから歩み寄って来た_ 「いまからドライブ行かない?」 私は迷うことなく誘いに乗った_ 「久しぶりだね、こんな時間にお出かけ」 私は車の中で、できるだけ明るく振る舞った_窓に映る彼を眺めながら、彼とこの先どうして行くべきか考えた_ 子どもができないことを隠してる彼と、スマホを見てしまった私_ いまから話し合ったところで、修復はできない気がした_ もうすでに私の中で、彼に対する不満は取り返しのつかないところまで膨れ上がっていた_ 山の上の展望台に着いて、夜景を眺めながら彼が真剣な表情で口を開いた_ 「スマホ見た?」 「え……」 私はすぐに謝ろうとした_ でも彼が「どこまで見た?」と、私の口から不妊について切り出させようとした_ 私は「え?」と、わざと聞き返した_ それでも彼は「だいじょぶ、怒ってるわけじゃないから」と、不妊治療を受けていることを言わなかった_ なんでここまで来て話し合おうとしないんだろうって、私は下を向いて「ごめん」と謝った_ 「今日ここに誘ったのは、お別れしてほしくて」彼は言った_ ここは『カップルで来ると別れる』と言われている場所だった_ 彼は最初から、私に相談することなく別れるつもりだった_ 私は最低だと思った_ 「記念日だったのにごめんね」彼は言った_ 記念日まではまだあと2週間もあった_ わざと嫌われようと、記念日を間違えてるふりをしてるんだろうけど、わざとでもそんなことしてほしくなかった_ 「荷物はさ、俺明日休みだから日中に運んでおくよ」 私の意見を聞くことなく、彼は別れ話を進めた_ 「ここで終わりなの?」私は聞いた_ 「うん、つぎの家ももう借りてて」彼はそう言って、駐車場を指差した_ 「あそこにさ、いま来たタクシー、俺が呼んだやつだから乗って帰って?」と、言った_ ほんとに最低な人だと思った_ 「連れて来たのは俺だけど、帰りは送ってあげらない、ごめん……」 ちゃんと、向き合ってほしかった_ 「ここでお別れは嫌だ」私は彼の服を掴んだ_ でも彼は「ここで別れないと前に進めない」と言った_展望台を見渡して「ここなら好きなままでも別れることができるから、ここでバイバイしよ?」と言った_ 私はもう、この人はダメだと思った_ 結婚すら夢見て、あんなに大好きだった彼が、関わりたくない人に見えた_ 彼が向き合ってくれなかったから嫌いになったなのか、彼が子どもができない身体とわかったから嫌いになったのか、わからなくなった_ 考えれば考えるほど、自分のことすら嫌になった_ 涙が止まらなかった_ 私はもう、彼の目を見れなかった_ 「ばいばい……」 タクシーに乗り込むとき、私は彼に手を振った_ 彼は手を振り返さなかったけど、この3年間がぜんぶ無駄になったとは思えなかった_ 別れる数分前、最後にふたりで夜景を目にしたとき、私たちは心の底から笑顔だった_ 『きれいだね』 『うん、すごくきれい』 すべてを忘れて、その数分だけは、ふたりとも笑みをこぼしていた_ 『ありがとう、私をここに連れて来てくれて』 『ううん、いっしょに見たかったから』 最後に彼は、私のことを笑わせてくれた_ 初デートで私が展望台に誘ったとき、彼は高いところ苦手だからって断った_でもそのあと、『カップルで行くと別れる場所らしいよ』って、友人に聞かされた_ 素直になれなかった彼は、最後に私がずっとふたりで見たいと言っていた景色を見せてくれた_ タクシーの中から見た夜景は、相変わらず綺麗だった_ 展望台の灯りを見上げると、彼がまだそこにいる気がした_ でも、もう私は泣けなかった_ いつ思い出を消そうか迷っていたら、スマホが震えた_ 『おめでとうございます』 カップルアプリからの通知だった_ 待ち受けの日付が変わって、 『今日はふたりが付き合って、1000日記念日です』 と、私の顔を照らした_ 私は親指で画面をそっと撫でて、通知を消した_ 弾くと同時に、私のほほを一本の細い光の筋が撫でた_ どうしても私は、願ってしまっていた_ 嫌いになった彼が、いつか素直になって、幸せになれる日を_ 遠い場所から私は、大好きだった彼氏の背中を思い浮かべた_ 「幸せになろうね」 そう口にして私は、最後にふたりで見た月を見上げていた_ 2025/12/14に公開276,162 回視聴 3.04%7,65336「俺が寝てるとき、スマホ見た?」夜景の見える展望台で、俺は彼女に聞いた_ 「え?」 「どこまで見た?」 「え……」 「だいじょぶ、怒ってるわけじゃないから」 「ごめん……」 彼女は、展望台の柵に顔を伏せた_ 「今日ここに誘ったのは、お別れをしてほしくて」俺は、遠くを見つめて言った_ ふたりの住むマンションから車で30分、この展望台には『カップルで来ると別れる』と言う噂があった_ 「ここに連れて来たのは、そのためだったんだね……」彼女は下を向いたまま言った_ 「記念日だったのに、ごめんね」空を見上げると、一瞬だけいま自分がどこにいるのかわからなくなった_ 「私……」 彼女は迷っていた_ ヒビが入ってしまった、ふたりの信頼関係_ その上でまた、同じベッドで安心して眠ることができるのか_ そんなこと、難しいことは目に見えていた_ 「荷物はさ、明日俺休みだから、日中に運んでおくよ」 俺は、話を進めた_ 「ここで終わりなの……」彼女は顔を上げた_ 「うん、つぎの家ももう借りてて」俺は身体をひねった_ 「あそこにさ、いま来たタクシー」駐車場を指差した_「俺が呼んだやつだから、乗って帰って?」 彼女はちいさく首を振った_ 「連れて来たのは俺だけど、帰りは送ってあげられない、ごめん……」 彼女は、俺の服の袖を掴んだ_ 「ここでお別れは嫌だ……」そう言って、俺の服を強く引っ張った_ 俺は目を閉じて、軽く首を振った_ 「ここで別れないと、前に進めない」 近くにいたカップルが、俺たちを見て笑っていた_ 「ねえ、うちらもあんな風に別れちゃうの?」 「そんなわけ、あのふたりは、そう言う運命だったんだよ」 それでも俺は、彼女から目を離さなかった_ 「ここなら、好きなままでも別れることができるから、ここでバイバイしよ?」俺は言った_ 彼女のあごさきから、涙が落ちた_ 彼女は顔を上げて、空を見上げた_ 「ごめんなさい、ごめんなさい」と、何度もくちびるを震わせた_ 俺は彼女の手を掴んで、ポケットから合鍵を出した_彼女の手のひらに当てて、両手で握りしめた_ 「長くお邪魔したね、ごめんね、3年間ありがとう」と、彼女の手を離した_ すぐに彼女が、俺の手首を掴んだ_ 「だめ……」そう言って、俺の手を引き寄せた_小指を開いて、薬指、中指、人差し指に触れて、最後に合鍵を乗せた_ 両手で包み込んで「荷物、私がいないときに取るんでしょ……」と、手を離した_「ポストでいいから……」そう言って、彼女は横顔を見せた_ 歩き出す彼女を、俺は合鍵を握りしめたまま見つめた_ タクシーのドアが開いて、彼女がこっちを向いた_ 目が合って、彼女が袖口から指を出した_ 「ばいばい……」ちいさく、手を振った_ 俺は、頷くことしかできなかった_ 彼女の3年間を無駄にした俺は、手を振れなかった_ 地面が赤く光って、タクシーが動いた_ 見えなくなるまで俺は、息を止めた_ うしろの柵に背中を預けて、空を見上げた_ 月が真上にあって、切り落とした爪みたいで、俺のことを嘲笑ってるようだった_ 彼女は、俺のスマホを見たときなにを考えただろう_ 俺と母親とのラインを見て、彼女は将来が見えなくなったのだろうか_ 俺がずっと言い出せずにいた『3ヶ月前から不妊治療を受けている』と言う事実_ それを見た彼女は、俺のことをどう思っただろう_ 最後まで俺は、不妊症であることを自分の口から話せなかった_ そんな大事なことを、スマホを覗かせることでしか、伝えることができなかった_ 俺はわざと、スマホを開いたままソファで眠ったふりをした_ 子どもができないことを理由に、彼女は別れを切り出せないと思ったから、別の理由を作った_ たとえ彼女が受け入れるようなことがあったとしても、それは彼女の将来を狭めてしまうことになるから、俺は自分から振れるように、スマホを覗かせた_ 不妊を理由に、ふたりが別れるのが怖かった_ 『カップルで来ると別れる』 その噂が本当であることを願って、俺は最後にここを選んだ_ どうか神さま、 俺はこのままでいいので、 彼女だけはまた幸せに導いてやってください_ 空がぼやけて、月が揺らいだ_ 首を振られた気分だった_ 救いようのないことをした俺は、断られて当然だった_ それでも、目の前に広がる景色だけは、綺麗なままだった_ 『ねえ、はやくはやく』 『待ってよ、走ると危ないよ』 『ねえほら、はやく』 『わかったから』 『うわああ、きれい』 『きれいだねえ』 『ありがとね、私をここに連れて来てくれて』 『ううん、』 最後に彼女と見た夜の景色は、 『いっしょに見たかったから』 つい、笑顔をこぼしてしまうくらい、綺麗な眺めだった_ 2025/12/13に公開268,720 回視聴 3.66%9,11629『クリスマス、泊まれないかも』遠距離中の彼女からラインが来た_ 「え?」俺はドライヤーを止めて、すぐに電話をかけた_ 「もしもし?」 『うん』 「どうしたの? 急に」 『んん、やっぱ夜は家族と過ごそうかなって』 「家族と……」 俺はつい、黙ってしまった_ 『いまって家?』彼女が聞いた_ 「うん、お風呂上がったとこ……」 『テレビ電話にしてもいい?』 「え、いいの?」 俺は思わず立ち上がった_ 『うん、電気消すから待ってて』 スリッパの音がして、俺はスマホを耳から離した_ 彼女に気を使わせてしまった_ なにを俺は、クリスマスに一夜を過ごせないからって落ち込んでるんだろうと自分に寒気がした_ 『寒いね』 彼女の声がして、俺は画面に目を向けた_ 彼女は布団に潜っていて、顔がよく見えなかった_ 「明日早いの?」俺は画面の端に目をやった_ 『19:42』だった_ 『ううん、寒いから早めに布団に入った』 彼女は画面に顔を近づけた_ 画面が曇って「近すぎ」と、俺は笑った_ 『あ、ごめんごめん、そっちも寒い?』 「うん、福岡も寒いよ、12月に入ってからは暖房付けてる」 『そっかあ、大阪と福岡、そんなに離れてないもんね』 「いや、じゅうぶん離れてるよ」 俺は口角を下げた_ 『先週会えたのに、もう寂しいの?』 「うん、だって1ヶ月ぶりだったし、足りないよ」 『あと7回寝たらクリスマスだよ? またすぐに会えるよ』 「そうだけどさあ……」 視線落とすと、彼女があくびをした_画面が傾いて、緑色のニット帽が見えた_ 「え?」 『あ、見えちゃった?』 「うん」 『寒いから被ってるの』 そう言って彼女は、ニット帽を深く被り直した_ 『かわいいでしょ?』 微笑む彼女を見て俺は、左胸を押さえた_ 心臓の音がうるさかった_ 「ほんとに家だよね……」 『なに言ってんの、家だよ?』 「病気になったとかじゃないよね?」 『ねえ、創作小説の読み過ぎね』 彼女は笑いながら言った_ 「だってさ……」 『ほら見て』 画面の中に、サメのぬいぐるみが映った_ 『ね? 家でしょ?』 「病院って、ぬいぐるみの持ち込みありだっけ……」 『ねえ、思ってることぜんぶ口に出てる』 「もしさ、病気ならちゃんと教えてよ?」 『だいじょぶって、クリスマスだって会う約束したじゃん?』 「無理してない?」 『してないしてない、なんか怖がさせたね、ごめんね?』 「ううん……」 『でもそれだけ、あたしのこと好きってことだも…… 画面が真っ暗になった_ 「え……」 俺はすぐにラインを送った_ 『?』 既読は付かなかった_ 俺は考える間もなく、家を飛び出していた_ 財布とスマホだけを持って、駅まで走った_ 博多駅までは走れば5分で着いた_みどりの窓口で『新大阪駅行き』のチケットを買った_改札を抜けようとしたとき、スマホが震えた_ 『ごめん、充電切れちゃった』 俺はスマホを胸に当てて、息を吐いた_ 「よかった……」 既読をつけて、改札を抜けた_ 20:18発の新幹線を待ちながら『びっくりしたよ』と、送った_ 新幹線が到着して、俺はすぐに乗り込んだ_ 彼女から『充電溜まるまでちょっと待ってね』とラインが来た_ 俺は『また寝る前に電話しよ』と送った_ それから2時間半、窓の外だけを見ていた_ もし彼女が病気だったら、 もし最後のクリスマスになるとか言い出したら、 俺は_ そんなことを考えていたら、大阪に着いた頃には目が真っ赤に腫れていた_髪もボサボサだし、会わせる顔ではなかった_ それでも俺は、タクシーを捕まえて彼女の家に向かった_ 『まだかなあ』彼女からラインが来て、俺は『あと5分だけ待って』と送った_ マンションの下に着いて、俺は部屋の番号を打ち込んだ_ 呼び出しボタンを押すと『えっ』と、彼女の声が聞こえた_ 俺はすぐに「会いたい」と言った_ 彼女は笑って『ほんと、どんだけあたしのこと好きなの?』と、エントランスの鍵を開けた_ エレベーターに乗り込んで、俺は深呼吸をした_ まだ安心はできなかった_ 彼女の家の前に着いて、チャイムを鳴らすと扉が開いた_ 彼女はやっぱりニット帽を被っていた_ 俺はすぐに彼女を抱きしめた_ 「俺、もう帰らないから」 「待って、落ち着いて?」 「ううん、だいじょぶ、俺がかならず幸せにする、なにが起きようとも、俺がぜんぶまとめて幸せにする」 俺はつよく、彼女を抱き寄せた_ 「お願い、聞いて?」 彼女の身体が、ゆっくりと離れた_ 「実はあたしね……」 彼女の腕を掴んだまま、俺は顔を上げた_ 「嫌いにならないでよ?」 彼女は、ニット帽に手を当てた_ 「なるわけない」 俺は強く首を振った_ 「信じるよ……」 そう言って彼女はニット帽を外した_ 「え……」 「ねえ、やっぱ笑った……」 彼女は下を向いた_ 「いやいや、ちょっと待って」 「ねえ、だから嫌だったのっ」 そう言って彼女は顔を塞いだ_ 「もしかして、泊まりが嫌だったのって……」俺は、彼女の前髪に触れた_ 「あたしにとって、前髪はいのちなのっ」そう言って彼女は、「なのに、切り過ぎたのっ」と、短くなった前髪を揺らした_ はじめて見るオン眉の彼女を、俺はすぐに抱きしめた_ 「かわいすぎ」 「うるさいっ」 「よかったあ、ほんとによかった……」 涙があふれた_ 彼女は俺の服を引っ張って、 「ね……」と、俺の顔を見上げた_ 前髪を押さえて、 「クリスマス、お泊まりがいい……」 そう顔を赤くした_ 俺は彼女のおでこに触れて、 「だいすき」 つよく抱きしめた_ そのあと俺は前髪を切った_ 「どう、似合ってる?」 「うん、ほんとさいこう」 それから布団の中で、彼女とクリスマスの計画を立てた_ 「これでユニバ?」 「うん、よくない?」 時間なんか忘れて、ふたりで仲良く、切り立てのオン眉を寄せ合った_ 2025/12/11に公開340,442 回視聴 3.97%12,47919「クリスマスプレゼントどうする?」別れ話をしたあと、彼女に聞かれた_ リビングのカレンダーは、まだ11月だった_ 「用意しちゃってるもんね」俺はテレビ台の下を見つめた_ テレビ台の下には、クリスマスプレゼントがふたつ用意されていた_ 同棲して3回目のクリスマス_ 毎年クリスマスが待ち切れない彼女は、12月に入る前にはプレゼントを用意していた_ それに合わせて俺も、プレゼントを用意した_ テレビ台の下には袋がふたつ、待ち遠しそうにリボンを寄せ合っていた_ 「早く買い過ぎたね」彼女はマグカップに新聞紙を巻きながら言った_ 俺はカレンダーを見つめて「クリスマスだけ一緒に過ごす?」と、笑いながら言った_ 沈黙が流れて、俺はすぐに「冗談、冗談」ってキャリーケースを閉めた_ 彼女から『同棲をやめたい』と言われたのは、おとといの夜_ クリスマスを前にして別れるカップルは多いらしいけど、まさか自分に降り掛かるとは思ってもいなかった_ 見つめ直してみれば、3年も同棲をしておきながら俺は1度も結婚の話をしたことがなかった_それが理由なのかは聞けなかったけど、俺たちは別れることになった_ 「とりあえず今日は、歯磨きして寝ようか」 「うん、寝ないで運転は危ないよ」 時刻は4時を過ぎていた_ リビングを見渡すと、初めてこの部屋に泊まったときのことを思い出した_ あの日は朝から映画館に行って、帰りの車の中で告白をした_そのあと、初めて彼女の家に上がらせてもらった_ 玄関に入ってすぐ、彼女の靴下が片方だけ色が違ったから、ふたりでお腹を抱えて笑った_ 彼女がキッチンで料理をしているあいだ、俺はお風呂に入った_ シャンプーのボトルを持ち上げて、俺も同じやつにしようって勝手に決めた_ 彼女がお風呂に入った隙に、俺は急いでコンビニに向かった_ ショートケーキとイチゴのタルトを買って、急いで家に戻った_ シャワーの音を聞きながら、俺は勝手に冷蔵庫を開けた_ そこには、同じショートケーキがふたつ用意されていた_ そのあとふたりで、ケーキを4つも食べた_ お腹がいっぱいで眠れなくて、深夜の3時までトランプをした_ 外が明るくなるまで、ソファの上でアニメを観た_ 彼女の頭が傾いて、俺もそのまま頭を寄せた_ こっそり手を繋いだ_ 付き合って半日、俺ははじめて彼女にキスをした_ 「今日は俺、ソファで寝るよ」 俺は歯ブラシをゴミ箱に捨てながら言った_ 彼女はタオルケットを両腕に抱えて「私がソファで寝る」と、言った_ 「いやいや、ここはもともと俺の家じゃないし」 「風邪ひくよ?」 「だいじょぶ、ダウン着て寝るから」 「ほんとに?」 「うん、だいじょぶだよ」 「わかった……」 どうしても俺は、ソファで寝ないといけなかった_ ソファの下には、アルバムが3冊隠されていた_ 去年のクリスマスから密かに俺は、毎回デートのあとはコンビニで写真を印刷していた_ 1年も経てば、それは3冊のアルバムになった_ 最初はすぐに見つかると思っていたけど、案外彼女はソファの下を掃除しないらしい_ もしかしたら気づいてるのかもしれないし、それはそれで可愛いから、クリスマスになったら渡そうと思っていた_ テレビ台の下の袋の中には、オルゴールが入っている_ 流れる音楽は、彼女に告白をしたときに流れていた曲のサビの部分_ オルゴールを裏返すと、そこにはメッセージが書かれている_ 『ソファの下、覗いてみて』 それに気付かれる前に、俺はアルバムを回収しないと行けなかった_ 寝返りを打つと、彼女と目が合った_ 俺はすぐに背中を向けた_ 時計の針の音を聞いていたら、俺はいつの間にか眠っていた_ 『ポロン……』と、オルゴールの音で目が覚めて、俺はゆっくりと寝返りを打った_ 仰向けになって、耳を澄ませた_ もし彼女がソファの下を覗こうとしたら、そのときは腕を掴んで驚かせようと決めた_ 服の擦れる音がして、俺はゆっくり横を向いた_ 彼女は布団の中に潜っていた_ そのまま俺は、布団が沈むまで眠らなかった_ 外が明るくなり始めたとき、俺はゆっくりとソファから足を出した_ 下を覗き込むと、アルバムはちゃんと3冊積まれていた_ アルバムを胸に抱えて、俺はテレビ台の下を覗いた_ 彼女が用意した袋の中にはマフラーが入っていた_ 1回目のクリスマスは、お揃いのネックレス_ 2回目のクリスマスは、一眼レフのカメラ_ どっちも、ふたりでいるときにしか使うことのないものだった_ 今年のプレゼントは、ひとりで使えるものだった_ 俺はマフラーを手に、布団を見つめた_ ベッドのそばにしゃがみ込んで、 「ありがとう」と、彼女の手におでこを当てた_ ダウンが擦れないように立ち上がって、合鍵を手に玄関に向かった_ 荷物をぜんぶ廊下に出して、ドアの鍵を閉めた_ 車に荷物を2回に分けて運んで、最後に合鍵をエントランスのポストに入れた_ マフラーは、ずっと左手に握りしめていた_ 車に乗り込んで、エンジンを掛けた_ 車内が暖房で満たされるまで、予約していたレストランをキャンセルした_ スマホにメモしていた、指輪のサイズを削除した_ それでも寒かったから、マフラーを広げた_ 「みじかっ」 俺はつい笑ってしまった_ 広げたマフラーは短かった_ それでも首に巻くと、顔が熱くなるくらい暖かかった_ クリスマスイブまであと1ヶ月と2日_ 彼女はどんな思いで、編み始めたのかはわからなかったけれど、 未完成の真っ白なマフラーには、 白い毛糸に混じって、微かな愛情が編み込まれていた_ 2025/12/10に公開29,212 回視聴 3.37%9106「私よりもお腹の子」命の選択を迫られた彼女は、俺に笑顔を向けながら言った_ 俺は手を繋いだまま、シーツに顔を伏せた_ 「私もできるだけ頑張るから」 前を向く彼女を、俺は見上げることができなかった_ 「私たちは、奇跡を起こすよ」 そう、信じていたかった_ 『赤ちゃんが横になっています』 そう説明を受けたとき、俺の中で奇跡が途絶えた_ 『このままでは彼女さんの体も持ちません、予定よりも早いですが帝王切開での出産となります』 ふたりがまだ19のとき、お腹の中に赤ちゃんがいることがわかった_そのことを知った俺は、すぐに夕方のファミレスで結婚を申し込んだ_ あまりにも突然のことだったから、指輪も用意してなかったけど、俺はとにかく彼女を安心させたかった_ 俺は最初から家族になるつもりだったし、彼女は俺の夢の心配をしてくれたけど、それはただ順番が変わっただけで、俺は迷うことなく父親になることを選んだ_ それからお互いの両親とも話し合いを重ねて、俺と彼女は同棲を始めた_ 子どもに名前も付けることができて、海外で式を挙げる約束もした_ 入籍は子どもが産まれてからって、先のカレンダーにふたりで印をつけた_ 同棲して半年、彼女の体調は次第に悪くなった_夜中に食べたものを吐き出すようになって、眠れない夜が続いた_ だからふたりとも、わかってはいた_ 『へその緒が首に巻き付いた場合、母子共に命の補償ができません、酷なことを言いますが、彼女さんと子どもの命、どちらを守るか選んでいただくことになります』 彼女は真っ直ぐ、先生のことを見ていた_ 「ごめん、俺はお腹の子を選べない……」 病室で俺は、彼女に泣きながら訴えた_ 彼女はずっと笑顔で「ありがとう」と、俺のほほを撫でた_「でもね、私はお腹の中の子を守りたい」そう、言った_ 悔しいけど俺は、まだ顔も見たことのない赤ちゃんに心が傾かなかった_ 「お願いだから、いなくならないで」 そう、言い続けることしかできなかった_ 彼女は一滴も涙を流すことなく「それはだめだよ」って、お腹に手を当てた_ 「だっていまも、このへんがギューって締め付けられるもん、この子は元気に産まれようとしてる、だからお願い、この子を守ってあげて」 俺は、頷くことができなかった_ 「むりって……」 はじめて、奇跡を否定した_ 「お願いだから、いなくならないで……」 それでも彼女は、奇跡から目を背けなかった_ 「だいじょぶ、私はいなくならないよ」 「むりだって……」 「また逢えるって」 「むりだよ……」 俺は、何度も首を振った_ 「奇跡なんか信じたくない、俺はふたりでずっといたい、もう奇跡なんて言わないから、ずっと俺のそばにいて」 顔を上げると、彼女は横を向いていた_ くちを尖らせて、眉間にシワを寄せていた_ その顔は、わがままを受けれいてほしいときの顔だった_ いつもならここで、『わかった』って言って、彼女を抱きしめてあげた_ 俺はゆっくりと、天井を見上げた_ 涙が首を伝って、シャツの襟を濡らした_ 蛍光灯が眩しくて、よくふたりで行ったファミレスの窓際の席が浮かんだ_ 瞬きと同時に俺は、彼女のことを抱きしめた_ 同じ家の匂いがして、彼女の額に鼻先を当てた_ 「わかった」 そう口にしたとき、彼女の鼻先がほほを伝った_ 「ありがとう」 そう言って彼女は、俺の右ほほにくちびるを当てた_ それが、彼女と交わした最後の誓いだった_ 彼女は、子どもを産んで26時間後、1度も目を開くことなく息を引き取った_ それからことは、思い出したくないほどに辛く、悲惨なものだった_ 胸が張り裂けるような、彼女のご両親からの悲痛な叫び_ はじめて目にする、父と母が頭を下げる姿_ どんなに握っても、返ってこない最愛の人の温もり_ 3ヶ月経ったいまでも、鮮明に思い出してしまう_ それでも、あの日聞いた娘の産声だけは、俺のことを何度も掬い上げてくれた_ 最近、娘が笑って応えるようになった_ 名前を呼ぶと、指を大きく広げて、手を振るようになった_ ときどき布団の上で、両手をつけて、俺のことを見上げるようになった_ 今日は、愛する娘とファミレスに来ていた_ まだふたりが高校生だったとき、いつも座っていた窓際の席_ 『それ、私にちょうだい?』 いつも彼女は、俺のエビフライの尻尾を欲しがった_ 『またあ?』 『いいからちょうだい?』 『それなら1本あげたのに』 『ううん、それがいいの』 そんな彼女に俺は、1度だけ聞いたことがあった_ 『これ、そんなにおいしいの?』 そこではじめて、彼女が養子であることを知った_ 『だから私は、繋がりがほしいの』 そう言って彼女は、俺の口からエビフライの尻尾を抜き取った_口に咥えて、肩を揺らした_ほほを両手で押さえて、 『ありがとう』と、微笑んだ_ そんなことを思い出しながら俺は、エビフライを口にした_ 尻尾をお皿の上に残すと、娘がひざの上で笑った_ 娘の柔らかい髪を撫でて、俺はテーブルの向こう側を見つめた_ もう奇跡は起きないとわかっていても、俺はどうしても彼女が戻って来る気がして、ちょっとだけ待ってしまう_ 『おまたせっ、氷入れ過ぎちゃった』 『またあ、俺のに入れな』 彼女のオレンジジュースが傾いて、俺のメロンソーダがすこしだけ色を変える_ 『ねえ、丁寧に入れてよ』 『ジャーン、とってもきれいなエメラルドグリーンになりましたあ』 『ほんとさあ』 『ひとくちっ、ひとくちだけ飲んでみて』 『ひとくちだけだよ?』 『どお?』 『待って、おいしいかも』 『ね? ふたりの好きが混ざれば、なんだっておいしいんだよ』 窓から陽が差して、テーブルの上が白く光った_ 娘を抱きしめると、彼女の匂いがした_ ふたりは繋がっている_ それは間違いなく、ふたりで起こした、たったひとつの奇跡だった_ 2025/12/08に公開210,521 回視聴 4.54%8,49827「2パー?」 「うん、正しく避妊してても100ではないんだって」 「じゃあ、その友達は100人の中の2人に選ばれたってことか」 そう言って彼氏は、学生たちで賑わうファミレスを見渡した_ 「それってある意味、奇跡だね」 彼氏は笑みを浮かべて、グラスのふちを指でなぞった_ 「望んでもなかったのに?」 「うん、俺は奇跡ってことにしたい」 彼氏と目が合って、私はすぐに逸らした_ 「その友達はさ、産むことにしたの?」 「ううん、堕ろすって……」 私はお腹に手を当てた_ 「そっか」 彼氏は、窓の外に視線を逸らした_ 私は今日、彼に言わないといけないことがあった_ 私が妊娠に気づいたのは、先週の火曜日_ 大学の講義中、私は体調が悪くなって、友達が『妊娠検査薬』を買って来てくれた_検査の結果、陽性だった_ そのあと産婦人科に行って、間違いではないことを確認した_ そのことをまず、両親に報告した_ふたりともすぐに表情を曇らせた_私がまだ大学1年と言うこともあって、ふたりは首を縦にも横にも振らなかった_ 私の意思を聞かれ、私は『わからない』と答えた_ ほんとうは、産みたい気持ちが大きかった_ でも、3ヶ月後には彼がアメリカに引っ越すことが決まっていたから、私はわからなくなった_ 大学を卒業したら、私も彼を追いかけるつもりだった_ 海外での就職先も探していたし、そのことは彼にも伝えていた_ 彼がようやく大きな夢のスタートラインに立てたところなのに、私のお腹には命が宿っていた_ これはふたりの責任ではあるけれど、このことを伝えることで、彼の夢を断ち切ってしまうのが怖かった_ 『妊娠した』という事実を、彼にこの1週間、言えずにいた_ 「飲み物、取って来るね」彼は、空になったグラスを手に立ち上がった_ 「うん」私は、彼の背中を見つめた_ ついこのあいだ、ふたりで遠距離を乗り超えようと決めたところなのに、また彼に決断を迫らないといけなかった_ 別れることだって、覚悟しないといけなかった_ 私はグラスを手に立ち上がった_ 彼を追いかけようと、席を離れた_ その瞬間、はしゃいでいた男子学生と肩がぶつかった_お腹を抱えたせいで、私はグラスを床に落とした_激しい音ともに、私の視界は天井に向いた_ 「あぶない」私の身体は、彼の腕の中にあった_ 「怪我は?」 彼の顔が、私のすぐ目の前にあった_ 「だいじょぶ……」 私がそう口にすると、彼は身体をひねって「怪我はない?」と、男子学生に言った_ 彼の手は、私のお腹の上にあった_ 「すみません……」床に屈み込む男子学生に、彼は「あぶないから、店員さん呼ぼう」と言った_ 駆けつけた店員さんが、グラスを片付けてくれているあいだ、彼はずっと私のお腹に手のひらを添えていた_ 「どこも痛くない?」そう言って彼は、私の肩を撫でた_ 「うん、ありがとう」私は椅子に腰を下ろした_ 店員さんにお礼を言う彼の背中を、私は見つめた_ 「すみませんでした」男子学生に深く頭を下げられて、私は「こちらこそごめんなさい、私がいきなり立ち上がったから」と、頭を下げた_ 「いやあ、びっくりしたね」 彼は、空のグラスをテーブルに置いて、椅子に腰を下ろした_ 私は下を向いて、くちびるを噛み締めた_ 「あっ」 彼が口を開いた_ 「俺、父親になるよ」 そう口にした_ 私は、ゆっくりと顔を上げた_ 「迷ってるなら、産んでほしい」 彼は、頭を下げていた_ 彼の前髪が、テーブルに触れた_ 「俺が支えるから」そう言って、真剣な眼差しを私に向けた_ 視界が、一気にぼやけた_ 「この決断がたくさんの人を巻き込むのはわかってる、でもいまは、お腹の中の子だけに目を向けたい」 そう言って彼は、テーブルの上に腕を伸ばした_ 私の手を掴んで「俺、日本に残って就職するから」と、微笑んだ_ 「え……」 「だいじょぶ、夢はかならず叶える」 「でも……」 「こんな奇跡が起こせたんだから、また俺は奇跡を起こせる、何年経とうが、俺は夢を叶えるに決まってる」 彼は腰を上げて、私の前髪を撫でた_ 「だから、結婚しよっか」 彼の手が、私の耳に触れた_ 「そんなの……」 私が顔を塞ぐと、彼は笑って「いま俺は、目の前のふたりに夢中だから」と、私の濡れたまつ毛に親指を当てた_ 私は顔を上げて、軽く首を振った_ 彼は目を細めて「こんなところでプロポーズ、いやだった?」と、笑った_ 私は首を振って「思ってもなかったから、びっくりしてる……」と、まぶたを擦った_ 彼と目を合わせて「奇跡みたい……」そう微笑んだ_ 窓から陽が差し込んで、テーブルの上が白く光った_ 彼は立ち上がって、私のとなりにしゃがみ込んだ_ 「ふれるね」 「うん……」 私は、彼の手を握った_ 「まだ、ぜんぜんだけど」 お腹の上で、彼と手を重ねた_ この温もりを、奇跡と呼ぶのは早いのかもしれない_ 周りの人からしたら、顔を背けられるかもしれない_ 順番は違ったのかもしれない_ それでも、彼と私が出会えたことは奇跡だから、ふたりで起こしたことはぜんぶ、奇跡と呼びたかった_ 「いま俺、すごく幸せ感じてる」 「私もだよ……」 「これからは、3人だね」 「うん、3人」 いまはただ、3人で起こした奇跡を、繋ぎ止めていたかった_ 私たちなら、かならず奇跡を起こせる_ そう、信じていたかった_ 2025/12/06に公開603,647 回視聴 3.87%20,90734「クリスマスプレゼントどうする?」別れたばかりの彼氏に、私は聞いた_ 彼氏はテレビ台の下を見つめて「用意しちゃってるもんね」と、首の後ろに手を当てた_ テレビ台の下には、真っ赤な袋がふたつ、居心地悪そうにリボンを寄せ合っていた_ 私はカレンダーを見つめて「早く買い過ぎたね」って、笑った_ 彼氏も笑って「クリスマスだけ、一緒に過ごす?」と、耳の裏を掻きながら言った_ 沈黙が流れて、彼氏が「冗談、冗談」って、すぐにキャリーケースのチャックを閉めた_ 私はマグカップに新聞紙を巻きながら「クリスマスは、家族と過ごすから」って、ちいさくつぶやいた_ 彼氏は立ち上がって「いいね」と、キャリーケースを玄関に運んだ_ 「あとはあれだけか」 「うん」 「とりあえず今日は、歯磨きして寝ようか」 「うん、さすがに寝ないで運転は危ないよ」 鏡の中で、彼と最後に肩を並べた_ 私が左を磨くたびに、彼の二の腕にひじが当たった_ 「ごめん」 「ううん」 いつもなら謝らないのに、もう恋人じゃないと思うと、ふたりともすぐに目を逸らした_ うがいをして、同じタオルで口もとを拭いた_ 「今日は俺、ソファで寝るよ」 「いやいいよ、私がソファで寝る」 「いやいや、ここはもともと俺の家じゃないし」 「わかった……」 「うん」 彼が先にソファに横になって、私はベッドの上に腰を下ろした_ 「あ、充電どうしよ」 彼は、スマホを天井に向けながら言った_ 「ないの?」 「うん、10パー」 「じゃあ、スマホだけこっちに置いとく?」 「それだと、アラームで起こしちゃうかも」 「え、別に私、一緒に起きるつもりだけど」 「いいよ、見送られるとなんか寂しいじゃん?」 「ううん、最後くらい顔を見てバイバイしよ?」 「わかった」彼はスマホを手に、立ち上がった_ 私のそばにしゃがみ込んで、ベッドのコンセントに充電器を指した_ 「おやすみ」 「うん、おやすみ」 寝返りを打つと、彼はソファの上で薄明るい天井を見つめていた_ 私の視線に気づいたのか、彼はすぐに背中を向けた_ 別れを切り出したのは私のほうなのに、振られたみたいで、私は枕に顔を伏せた_ 彼に対して好きと思えなくなったのは、クリスマスプレゼントを選んでいるときだった_ いくら商品を手に取っても、彼に対して弾む気持ちがなくなっていた_ 同棲して3回目のクリスマス_ 去年のいま頃はもう、部屋の隅にはクリスマスツリーが飾られていた_ 枕から顔を上げると、真っ赤な袋がふたつ、薄暗いリビングに色を灯していた_ 瞬きをするたびに、色が霞んでいった_ 私はゆっくりと身体を起こして、冷たいフローリングに足をつけた_ 彼を起こさないように、テレビ台の下に手を伸ばした_ リボンを解き、袋を静かに開けた_ 中には手のひらサイズの箱が入っていた_ 「ごめん、開けるね……」 箱の蓋を開けると、朱色の木箱が出て来た_ 蓋を開けてみると、音が鳴った_ 『ポロン……』 こぼれ落ちるような音が、リビングに響いた_ 私はあわてて蓋を閉めた_ 箱の中身は、オルゴールだった_ 「んん……」彼が寝返りを打つから、私はあわててオルゴールを袋に戻した_ リボンを締めて、ベッドに潜り込んだ_ 彼の寝言が聞こえて、私は身体を丸めた_ 蓋を閉めたはずなのに、頭の中にはオルゴールの音が鳴り続けていた_ 初めて彼の助手席に乗ったとき、私たちはCDを流した_ ほんとはスマホを繋げて音楽を流したかったけど、接続がうまくいかなくて、途中でCDを買って同じ曲を繰り返し流した_ そんな懐かしいメロディーが、私のまぶたの裏に懐かしい夢を見せた_ まぶたを開くと、朝になっていた_ 布団から顔を出すと、ソファの上には、綺麗に畳まれたタオルケットだけが置かれていた_ 「起こしてよ……」 あわてて部屋中を探したけど、彼はもういなかった_ テレビ台の下には、真っ赤な袋がひとつだけ残っていた_ リボンを解くと、オルゴールが入っていた_ テレビ台の上には、置き手紙があった_ 『寒かったから、マフラー使うね』 私が編んだ毛糸のマフラーは、袋ごとなくなっていた_ 胸の奥が苦しくて、私はオルゴールを抱きしめた_ 抱きしめたオルゴールの裏には、文字が書いてあった_ 『ソファの下、覗いてみて』 「え……」 私は床に手をついて、ソファの下を覗き込んだ_ いくらほほを床に付けても、ソファの下にはなにもなかった_ 手を伸ばそうとしたとき、私の目の前に光るなにかが見えた_ 「え……」 指先で触れると、光は弾けて、私の人差し指にひと粒の雫を残した_ それは、私の目から落ちた涙ではなかった_ 彼はどんな思いで、ソファの下を覗き込んだのか_ ソファの下には、なにを隠していたのか_ どんなに考えても、ソファの下は真っ暗だった_ クリスマスまであと1ヶ月と2日_ 私は彼と、綺麗なまま、他人同士になった_ #生田絵梨花 #ピリオド #PR 2025/12/05に公開325,920 回視聴 3.26%9,50035「いまどこ……」 『家だよ?』 「じゃあ、スカイツリーの色言ってみてよ……」 『疑ってるの?』 「うん、家にいるなら見えるでしょ……」 元カレの部屋からは、スカイツリーがよく見えた_ 『どうしてそんなに疑うの?』 「だって……」 私は今日、4年住んだ東京を離れようと、駅のホームで新幹線を待っていた_ もう2度と会えないと思っていた元カレが、駅の反対側には立っていた_ 「なんでいるの……」 私はスマホを耳に当てた_ 『間違えて、反対側に来ちゃった』 彼が遠くで笑った_ 『髪切ったんだね、よく似合ってる』 「ねえ……」 3週間前、私は彼に内緒で髪を切った_切り立ての髪を、いちばん最初に褒めてもらいたくて、私は内緒で彼の家に向かった_ でも、彼の部屋は真っ暗で、私は彼に電話をかけた_そこで彼は、スカイツリーの色を答えることができなかった_ 浮気を疑った私は、勢いで『別れよう』って言ってしまった_そのとき、彼も内緒で私の家に来ていた_そのことを知らずに、私たちはお互いに浮気を疑ってしまった_ すれ違っていることに気づいたときにはもう、1度口にした『別れ』は取り消すことができなかった_ そのまま彼とは、音信不通になった_ 「なんで、ずっと連絡無視してたの……」 私は線路に視線を落とした_ 『あの日、電話を切ったあと俺、階段を踏み外して、病院で3週間眠ってた、ごめん』 「そんなの、信じられないよ……」 『信じなくてもいい、俺はもう彼氏じゃないし、別れを簡単に受け入れたのは俺だから』 顔を上げると、彼と目が合った_ 『ごめんね、それなのに勝手に会いに来て』 「ううん……」 私は首を振った_ 「最後にちゃんと、顔が見れてよかった……」 私は、くちびるを噛み締めた_ 『もう電車来ちゃうね』 彼の白い息が上がって、駅のホームに、新幹線が到着するアナウンスが流れた_ 「あのね……」私の白い息が、ふたりのあいだを漂った_ 「別れようって、簡単に言ってごめんね……」 『ううん、おかげで大切なことに気づけたよ』 彼は、ポケットに手を入れた_ 『これ、見える?』腕を伸ばした_ スカイツリーのキーホルダーが、揺れた_ 『何色かわかる?』 「うん……」 私はキーホルダーを見つめた_ 「にじいろ」 そう答えた_ 彼は笑って、 『遠く離れてるから、よく見えたでしょ?』と、腕を下ろした_ 『近くに居過ぎるとさ、なにも見えなくなるから、離れてから気づいた、俺にはこの人しかあり得なかったんだなって』 彼はまぶたを擦って、 『こんな俺を、好きになってくれてありがとう』 そう微笑んだ_ 「ねえ……」私のつま先が、前に出た_ 『電車来ちゃうから危ないよ』 「うん……」 私は、かかとを下げた_ 白線を見つめて、『やっぱり……』そう口にしそうになった_でも、 『もう待てない、ごめん』 電話が切れた_ 顔を上げたけど、電車でなにも見えなかった_ 視界がぼやけて、私はスマホを耳から離した_ 扉が開くと同時に、左手を掴まれた_ 「ごめん」息を切らした彼が、私の手を掴んでいた_ 顔を上げて「やっと笑った……」って、私の顔を見て笑った_ キーホルダーが揺れて、新幹線の扉が閉まった_ 「やっちゃった……」彼は身体を起こして、白い息を上げた_ 走り出す新幹線を見つめながら「ごめんね」と、申し訳なさそうに微笑んだ_ 私は繋いだ手を見つめて「明日でもいいよ……」と、つぶやいた_ 彼は繋いだ手を握りしめて「いいの……」と、ゆっくり私の顔を覗き込んだ_ 私は下を向いたまま「帰る家ないけど……」そう口にした_ 足もとに、雪が落ちて来た_ 「うちに来る?」 彼が言った_ 顔を上げると、 「見せたいものもあるし」 彼の手が、私の髪に触れた_ 漏れた息に色が付いて、私の身体は一瞬で温もりに包まれた_ 彼の腕の中で私は「帰りたい」と、首を振った_ 「帰ろう」 彼の手が、私の口角を優しく溶かした_ 私はつよく、彼氏のことを抱きしめた_ そのあと、彼氏の部屋から見たスカイツリーは、涙でぜんぜん見えなかった_ 「見せたいものって……」 「うん」 私の薬指には、彼氏が通してくれた指輪が光っていた_ 外が虹色に光って、スカイツリーが彼氏の横顔を照らした_ 私はもう、スカイツリーを見上げることができなかった_ 私の目の前には、 「結婚しよう」 婚約者となった彼がいた_ 「はい」 彼の目から、虹色の光の粒があふれた_ 「今日も、大好きだよ」 彼が笑うと、 「私も大好き、ずっと」 私の口角も上がった_ 「ちょっとだけ、サイズ違ったね……」 彼が泣きそうなときは、 「ちゃんと、私のことだけ見ててよね……」 私も泣きそうになった_ 「あ、見て、赤と緑になった」 「ほんとだあ、きれい」 似た者同士の私たちは、 そうやって、 これからも、 「ちょっと早いけどさ、今日はクリスマスしようか」 「うんっ、何個イブを付けたらいいかわからないけどね」 幸せな笑い声とともに、 今日もまた、 ふたりでスカイツリーを見上げていた_ 2025/12/04に公開127,135 回視聴 4.59%5,31727『いまどこ?』元カノからのラインに気づいたのは、3週間後のことだった_ 3週間前、俺は彼女と電話で別れ話をした_電話を切ってすぐ俺は、マンションの階段を踏み外した_意識を失った俺は、病院で3週間眠り続けていた_ 目を覚ましたのは2日前の朝で、今日は朝から携帯ショップに来ていた_ 「ラインの復元だけ、いましてみてもいいですか?」 「はい、バックアップは取ってましたか?」 「はい」 「でしたら、復元できると思います」 3週間ぶりに開いたトーク画面には、21件メッセージが表示された_ ここから未読のメッセージ 11/26(水) 『いまどこ?』 『会ってもう1度話がしたい』 11/29(水) 『元気?』 12/6(土) 『ちゃんと会ってお別れしたいな』 12/12(金) 『5日後には私、東京出るよ?』 『もう会えなくなるけどいいの?』 12/13(土) 『ねえ、いまどこにいるの?』 12/16(火) 『明日は東京を出る日です、ぜんぜん眠れません』 12/17(水) 『いま新幹線を待ちながら打ってます』 『もう送るのはこれで最後にするので、最後にひとつだけ』 『ばいばい』 2日前のラインを最後に、彼女からの連絡は途絶えていた_ 車に戻ると、姉ちゃんが運転席の椅子を起こした_ 「オレンジにしたんだ?」 「うん」 俺はシートベルトを締めて、新しくなったスマホを見つめた_ さっき俺は『いまどこ?』と、急いでラインを送った_でも、既読は付かなかった_ 「あのさ……」 「うん?」 「姉ちゃん、このあとまだ時間ある?」 「うん、有休消化中だから、まだ大阪には帰らないけど」 「じゃあ、行ってほしいとこある」 俺はカーナビに住所を入れた_ 「なに? 彼女?」 姉ちゃんは住所を見つめて言った_ 「うん……」 「早く教えといてよ、入院してたこと心配してるんじゃない?」 「ううん、もう別れてるから」 「は? いまから元カノに会いに行くの?」 「うん、確かめたいことがあって」 姉ちゃんはため息を吐いて「ほんと、いつも説明が足りないよね」と、車を走らせた_ 俺はラインを開いて『病院でずっと眠ってた、ごめん』と、送った_送ったけど、どう見ても嘘っぽくて、既読はやっぱり付かなかった_ 「着いたよ」 「ちょっと待ってて」 「なに?」 俺は車を降りて、マンションの5階を見上げた_ 元カノが東京を出たなんて信じたくなかった_ ただ俺が連絡を返さないから、嘘をついたんだと思いたかった_ でも、5階の出窓にはもう、ソラカラちゃんのぬいぐるみはなかった_ エントランスに向かう階段を上がって、俺はインターホンに部屋の番号を打ち込んだ_ 違う人が出たらどうしよう、そう迷っていたら、後ろから声を掛けられた_ 「あれ? もしかして」 振り返ると、帽子を被った女の人が立っていた_ 元カノの名前を口にして「彼氏だった人だよね?」と、顔を覗かせた_ 「え?」 「あ、私、下の階の者です」 「あ……」 「彼女さんから聞いてます」 「え……」 「昨日の夜まで、私の家に泊まってたから」 「え?」 「実は彼女さん、おととい東京を出る予定だったけど、新幹線に乗れなかったらしくて、それで帰る家がなかったから私の家に泊まってて」 女の人は帽子を外した_ 「私、2ヶ月前までアイドルやってて、彼女さんにはよく相談に乗ってもらってから」 女の人は笑って、帽子を深く被り直した_ 「私がアイドルってことを誰にも言わずに、彼女さんには陰ながら支えてもらってて、ほんと感謝してるの」 そこまで言って女の人は、慌てたように「ごめんなさい、急いでるよね?」と、髪を耳に掛けた_「彼女さん、12時50分の新幹線に乗るって言ってたから、まだ間に合うかも」スマホを確認すると、時刻は12時を過ぎていた_ 「彼女さん、おとといの夜も、昨日の夜も、ずっと泣いてたから、もうこれ以上は目の腫れが治らないからって、ラインはブロックしてたけど、寝言で男の人の名前を口にしてた」そう言って女の人は、俺の名前を口にした_ 「また泣いて乗れないと思うから、行ってあげて?」女の人は言った_ 俺は下を向いて、まぶたを擦った_ 「つぎは転けないようにね」女の人は笑って、階段を指差した_ 俺は深く頭を下げて、お礼を言った_ 急いで車に戻ると、「つぎはなに?」と姉ちゃんが、あわててシートベルトを締める俺に言った_ 「姉ちゃんごめん、駅に向かって」 「はい?」 姉ちゃんと目が合った_ 「ちゃんと説明して」 「会いたい人がいる」 「ほんとさあ」姉ちゃんはエンジンを掛けて「そんなんだから振られるんだよ」って、車を走らせた_ 「ごめん……」 「私に謝られてもね、それで? なんで別れたの?」 「内緒で俺が家に行ったから……」 「サプライズ?」 「うん、そしたらあっちも俺の家に来てて、俺が家にいなかったから浮気を疑われて」 「はあ、サプライズよりもね、真っ直ぐ会いたいって言って会いに行ったほうが嬉しいんだよ?」 「うん、反省してる……」 「これは? ちゃんと言ってるの?」 「言ってない……」 「早く言っときな」 「うん」 俺は『会いたい』と、ラインを送った_ 既読はやっぱり付かなかった_ 『いまって、スカイツリー何色?』 彼女はいつも、会えない夜は電話を繋げてくれた_ 『ちょっと待ってね』 その度に俺はベランダに出て『虹色』と、スカイツリーの色を答えた_ 彼女は子どもみたいに笑って、 『にじいろっ』と、笑い声を上げた_ 『いまは?』 彼女が笑えば、 『まだ虹色』 俺も笑った_ 『いまは?』 彼女が泣きそうなときは、 『まだだよ』 俺も泣きそうになった_ 『いまっ』 『まだ』 『いまは?』 『まだだよ』 似た者同士の俺たちは、会えない時間をそうやって埋めて来た_ それなのに、 俺はあの日、内緒で彼女の家に向かった_同じように彼女も、内緒で俺の家に来ていた_ すれ違った俺と彼女は、同じスカイツリーを見ることができず、別れてしまった_ 「ついたよ」 「迷惑かけてごめん……」 「もう転けんなよ?」 「うん」 「立ち上がるときはね、前を向くチャンスなんだから」 「うん」 「行ってこい」 「うん、ありがとう」 東京の空は、相変わらず狭かった_ あんなに高いはずのスカイツリーは、どこにも見えなかった_ それでも、見上げた空にはいつも彼女の笑顔があった_ 相変わらず俺は、彼女が大好きで、狂ってしまうほどに夢中だった_ やっぱり俺は、会いたい、その思いだけで、走り出していた_ 2025/12/02に公開119,166 回視聴 4.39%4,71428『いまどこ?』彼氏からの返信は、3日待っても来なかった_ 「また元カレのライン見てるの?」 大学のときの友達は、スタバのフラペチーノに口をつけながらテーブルにひじを乗せた_ 「だって、既読が付かないから……」 「あんた、3日前に別れたんでしょ?」 「うん……」 「じゃあ、付かないでしょ?」 「んん……」 ふたりのラインのアイコンは、スカイツリーのままだった_ 「なに? なんかあるなら言ってみな」 「実はね、彼氏と電話で別れた日、家に帰ったら下の階の人と会ってね」 「あのよく挨拶してくれる綺麗な人?」 「うん、そこで『さっきここに救急車来てたらしいよ』って聞かされて」 「救急車?」 「うん、私のマンションさ、エントランスまで階段があるでしょ?」 「ああ、あの無駄にカーブしてるやつね」 「うん、あそこから人が落ちたらしくて」 「うわあ、打ちどころが悪かったら救急車来てもおかしくないかも」 「あの日ね、私の家には彼氏が来てたらしいの」 「言ってたね、飲みに行ってると思ったら、実は内緒であんたの家に来てたって」 「うん、それを私は知らずに、浮気してると思って『別れよう』って言ってしまったんだけど……」 「でもさ、飲みに行ってたのは確かなんでしょ?」 「うん、でもね、女の子がいたからすぐに店を出たらしいの」 「それで、そのままあんたの家に向かったと」 「うん、驚かせようとしてね……」 「んん、これまた絶妙に喜べないサプライズ、それで? どうしてあんたは家にいなかったの?」 「あの日はね、仕事終わりに美容院を予約してたの」 私は、切り立ての毛先を指に巻いた_ 「ほんとよく似合ってるよ、最初見たとき誰かわからなかったもん」 「ずっと彼氏がね、ボブが見たいって言ってたから、内緒で切ることにしたの」 「それで、サプライズで見せに行こうと?」 「うん、『仕事で遅くなるから、今日は自分の家に帰るね』って嘘をついて」 「それを信じた彼氏は、あんたの家に向かってたと」 「うん、それですれ違っちゃって、お互い浮気をしてるって思い込んで、喧嘩になった」 「で、別れた」 「うん、そのあと急いで家に帰ったんだけど、彼氏はもういなくて」 「そこで救急車が来てたことを知った」 「うん……」 「確認したらいいじゃん、彼氏の友達に、インスタならすぐでしょ?」 友達は、私のスマホを指差した_ 「怖いじゃん……」 「なんで?」 「だってもし、ただ連絡を無視してるとかだったら、その友達に迷惑かけるじゃん……」 「たしかにねえ、友達の元カノから『元カレから連絡が来ない』って相談が来たら、ちょっと怖いかも」 「よね……」 「あれから彼氏の家には行ったの?」 「うん、2日とも真っ暗」 「そっかあ」 「彼氏はほんとに浮気をしてて、いまは違う家に帰ってるかもしれないし、そう思う自分も嫌だし、もう行くのはやめたけど……」 「じゃあ、既読が付くまで送るしかないね」 「嫌われないかな……」 「なに? 彼氏はもう元カレでしょ?」 「うん……」 「どうせ嫌われたなら、忘れられないことたくさん残せばいいよ」 11/29(土) 『元気? 私ね、既読が付かない限り送り続けることにしたから』 11/30(日) 『おはよう、元気? 今日は雪が降るらしいね』 12/1(月) 『おはよう、しつこいでしょ? 元気かわかるまでやめないよ』 12/2(火) プレゼントを送りました 『なんだあ!ブロックしてないのね!』 12/3(水) 『もうすぐクリスマスだね! 私が欲しいって言ったスカイツリーのキーホルダー覚えてる? あのときは売り切れてて買えなかったけど入荷したらしいよ!』 12/4(木) 『今日はね、報告があって、私、東京を出ることになった』 12/5(金) 『やっぱりダメだったあ、異動は変えられないって、入社してまだ半年なのにひどくない?』 12/6(土) 『別れてから10日経ったね、あのときなんで別れようって言ったのか反省してる、取り消すことはできないけど、ちゃんと会ってお別れしたいな』 12/7(日) 『ほんとうまいね? トーク画面長押しするの、そろそろ間違えて押しちゃってもいいんだよ?』 『寝る前に気づいたんだけどさ、待ち受けの通知でも読めるのか』 『じゃあ』 『連続で』 『送っちゃお』 12/10(水) 『久しぶり! ちょっと送るのやめてたんだけど、引っ越しの準備してたらさ、カイロが出て来たの! 2年前のやつだけど、まだ似顔絵残ってた! あのときなんで私の泣いてる顔を描いたの? 思わず笑っちゃった』 12/12(金) 『5日後には私、東京出るよ? もう会えなくなるけどいいの?』 12/13(土) 『ねえ、どこにいるの?』 12/15(月) 『もうすぐで別れて3週間だね、別れようって言ったのは私だし、許さなくていいからさ、元気かどうかだけ教えて?』 昨日 『明日は東京を出る日です、ぜんぜん眠れません』 今日 『いま新幹線を待ちながら打ってます、昨日はスカイツリーに登って来ました、キーホルダーは売り切れてました、久しぶりに頂上まで行ったら、めっちゃ怖かったあ、泣きそうになった、私がいつも笑えていたのは、手を握っていたからなんだね、いつもあなたは、私のことばかり見てましたね? ガラスに反射してたよ? そんな私も、ガラスの中ばかり見てたんだけどね、今日、初めてしっかりと東京の景色を目にしました、どこに目を向けてもあなたが浮かぶので、転勤になってよかったなって思いました、実はね、あなたの家には、私の春服と夏服がたくさん隠されてます、密かに運んでました、おかけで私の家には冬服しかありません、ベッドの下と、ソファの裏にあるので、ぜんぶ捨ててください、ここまで長文を書けば開かないと読めなかったでしょ? ここまで読んでくれてありがとう、もう送るのはこれで最後にするので、最後にひとつだけ』 今_ 今日_ 今日も_ 今日も大_ 今日も大好_ 今日も大好き_ 今日も大好きだ_ 今日も大好きだよ_ 今日も大好きだよ!_ 今日も大好きだよ_ 今日も大好きだ_ 今日も大好き_ 今日も大好_ 今日も大_ 今日も_ 今日_ 今_ _ _ ま_ また_ またね_ またね_ また_ ま_ _ _ ば_ ばい_ ばいば_ ばいば_ ばい_ ばい_ ばいば_ ばいばい_ 『ばいばい』 2025/11/29に公開287,218 回視聴 3.37%8,878297年前、私はアイドルオーディションに合格した_ その当時、私には彼氏がいた_ 彼は、アイドルになる私のために『彼氏をやめる』と言った_ スマホの中の写真も、連絡先もぜんぶ消して『元カレにもなれないから』って彼は、私との履歴をぜんぶなかったことにした_ 高校生だった私は、あまりにもショックすぎて、放課後の教室で声を出して泣いた_ 彼は、そんな私の背中を撫でて『俺には手に負えないくらい、眩しすぎたんだよ』って、最後までカッコつけてたけど、そのあと彼は、しばらく学校に来なかったと、3年後に友人から聞かされた_ 17のふたりにとってそれは、抱えきれないほどの大きな別れだった_ それから7年間、私がファンに愛され続けたのは彼のおかげだった_ 彼は1度たりとも私のもとに姿を現さなかった_ 握手会にも、インスタのコメント欄にも、彼は現れなかった_ 最初の頃は、光輝く黄色のペンライトの中に、彼の姿も混ざってるかもなんて考えたりもしていた_ けれど、たくさんの人が応援してくれるようになって、私は彼のことを探さなくなっていった_ いま思えば、高校を出たら、たくさんの出会いに溢れているから、彼が私を追いかけなくなるのは当然のことだった_ それから私はアイドルを卒業することになって、今日は、渋谷のタワレコで卒業パネルが飾られる日だった_ たくさんの人が集まっていて、私はこっそりその様子を見に来ていた_ すぐ近くに本人がいるのに、みんな気づいていなかった_ それもそのはずだった_ 私は昨日、髪を染めて、初めて明るい髪色にした_長かった髪も、肩までの長さに切っていたし、いつもみたいに帽子は被っていなかった_あえてマスクも付けずに、マフラーで口もとを隠していた_コンタクトも付けずに、今日はメガネを掛けていた_ 私はファンのみんなを眺めながら、アイドルになってよかったと心の底から思えた_ アイドルだった自分はいなくなったけど、ファンのみんなの中には残り続けると思うと、涙があふれそうになった_ 私は店を出て、スクランブル交差点に向かって歩き出した_ もし7年前、私がオーディションに合格していなかったら、いまごろなにをしていたんだろう、そんなことを考えた_ 高校のときのグループラインは、何人か退会していて、苗字が変わってる人もいた_ 急に私は、ひとりだけ取り残された気がして、また泣きそうになった_ 信号が青に変わるのを待ちながら、私はまぶたを擦ろうとした_ 指がレンズに当たって、メガネを外そうとしたとき、後ろから声を掛けられた_ 「卒業おめでとう」 その声を、私は忘れていなかった_ 振り返ると、彼が立っていた_ 7年経っても変わらずに、私は彼の声を覚えていた_ 「おめでとう」 彼は、花束を差し出した_ 私が花束を受け取ると、彼は笑って「7年間、よくがんばったね」と、私から離れた_ 私が下を向くと、「これからも変わらずに応援してるから」と、彼は私のアイドル名を口にした_ 私は顔を上げて「もう卒業したよ……」と、彼を見つめた_ 彼は笑みを浮かべて「卒業しても、ファンはファンのままだよ」と、目を軽く細めた_ それは、嬉しい言葉だったはずなのに、彼の口から聞くと胸の奥がチクチクと痛んだ_ 「これからも応援してるから」彼はそう言って遠くを見つめた_ 「信号、青だよ」と、指差した_ 私はこのまま、また前に進まないといけないのか、彼の足もとを見つめて考えた_ 彼は顔を覗かせて「早くしないと、ファンの子たちに見つかるよ」と、私のカバンを優しく撫でた_ そのまま彼は、背中を向けて歩き出した_ 私も背中を向けて、歩き出そうとした_ 信号が点滅して、私はやっぱり後ろを振り返った_ 遠くのほうに、彼の背中が見えた_ でも、私の足は動かなかった_ いまここで追いかけたら、ファンのみんなを悲しませてしまう_ なによりも、また彼を傷つけてしまうことになる_ 彼を幸せにするためには、「私はもう関わったらダメ」そう口にした_ 私は下を向いて、花束を抱きしめた_ 花の香りがして、私は目を開いた_ 彼が渡した花は、紫色の花だった_ 私のメンバーカラーは黄色なのに、彼は紫色の花を選んでいた_ その花は、1度だけ彼と調べたことがあった_そのとき、私たちとは関係のない花言葉に、ふたりとも特に覚えようとしなかった_ でも、いまの私には、その花の意味がはっきりと浮かんだ_ 『君を忘れない』 彼が選んでくれた花は『紫苑』の花だった_ 私は、走り出していた_ 誰にも許されるはずがないのに、私は彼の背中を追いかけていた_ 腕を伸ばして、彼の足を止めた_ 彼は振り返って、私の目を見つめた_ すこしだけ口角を上げて「ファンサが過ぎるよ」って、眉間にシワを寄せた_ 私は首を振って「ファンサじゃない」と、彼の手を握った_「いつもしてたことだよ」と、下を向いた_ 彼は私に近づいて「いつもしてたことだね」と、私の頭を撫でた_ 私が顔を上げると「炎上してもいいね」と、私のことを抱き寄せた_「あのときの痛みに比べたら、もうなにも痛くないね」と、私の頭を撫でた_ 私が顔を塞ぐと「はじめての炎上は、俺でいいね」と、笑った_ 紫苑の花が、ふたりのあいだで花を咲かせていた_ 17歳のときと同じように、彼はまた眩しすぎる笑顔を私に向けて「俺が幸せにしたい」と言った_ 私は、眩しすぎる光に向かって「もうすでに幸せだよ」って、つぎはふたりで光の中に包み込まれていった_ #pr #BILLYBOO #ラブソング 2025/11/28に公開92,085 回視聴 4.01%3,23212『いまどこ?』彼女からそう聞かれたとき俺は、彼女の家の前にいた_ 時刻は21時を過ぎていた_ スマホを耳に当てながら俺は、いつインターホンを押そうか迷っていた_ 今朝、彼女から『今日は仕事が遅くなるから自分の家に帰るね』って連絡をもらっていた_そこで彼女とは『布団に入ったら電話しようね』って約束をしていた_ それなのに俺は、彼女の家の前にいた_ それには大きな理由があった_ 今日、俺は仕事が休みだったから、久しぶりにスカイツリーに登ろうと朝から自転車を走らせていた_ 昼過ぎに高校のときの友達から連絡が来て、『東京にいまいるから、久しぶりに会わない?』と言われた_ 俺は『あまり長くはいれないけど、20時くらいまでなら会えるよ』と送った_彼女からは21時には家に帰り着くと思うと連絡が来ていたから、それまでには布団に入っておきたかった_ 夕方過ぎに住所が送られて来て、俺は友達が待つ店に向かった_ ふたりきりと思って店に入ったら、友達のほかにも懐かしいメンツが集まっていて、その中には女子もいた_俺はすぐに『顔だけ見に来ただけだから、すぐに帰るね』って、用意されていた席には座らなかった_ 『ええ、乾杯だけでもしようよ』って、友達に肩を組まれて、俺はお酒の匂いを浴びながら『はいはい、乾杯』って、グラスに親指を立てた_ そのとき友達は、スマホで写真を撮っていた_ そのあと俺はすぐに店を出て、ラインを開いた_ 『ご飯に誘われて新宿まで来たんだけどね、女子もいたから帰ることにした、本屋にでも寄って帰ろうかな』と、文字を打った_ でも、何回打ち直しても、不安になるような内容だったから、これはもうビデオ通話で説明したほうがいいと思った_ 彼女の仕事が終わるまでに、俺は急いで家に帰ることにした_ 途中、彼女から『家に着いたよ』とラインが来た_ 信号を待ちながら俺は、このまま彼女の家に行ったほうが早いと思った_ 明日から連勤になる俺に気を遣って、彼女は会うことを控えたけど、直接のほうが安心するだろうし、5分くらいなら許してもらえると思った_ そこからはずっと立ち漕ぎで、俺の口角は緩みっぱなしだった_ 駐輪場に自転車を停めたとき、彼女からラインが来た_ 『いまってさ、家?』 俺はエントランスに向かう階段を上がりながら『うん、家だよ』と、送った_ 『じゃあ、スカイツリーの色言える?』 彼女の言う通り、俺の住んでるマンションからはスカイツリーがよく見えた_夜になると色が付いて、赤やむらさき、虹色と光に包まれた_ 俺はすぐに『電話していい?』と送った_ 電話を繋げてすぐ、彼女から『いまどこ?』と聞かれた_ 俺はインターホンの前で「家だよ?」と、答えた_ 『どうして家にいるってうそをつくの?』彼女は言った_ 俺は部屋の番号を押しながら「ほんとだよ?」と、呼び出しボタンを押した_ スマホからは、チャイムの音がしなかった_ もう1度押したけど、『じゃあ、私が見たストーリーは見間違いってこと?』と、彼女の声だけが響いた_ 俺はあわてて「高校のときの友達に誘われて、飲みに行ったけどすぐに帰ったよ」と答えた_ 『じゃあそのまま、ほかの人の家にいるんだ?』 汗が止まらなかった_彼女がいない焦りもあって、口が動かなかった_ 『やっぱりね、もしそこが女の家とかだったら、私別れたいんだけど?』 彼女は言った_ 俺は唇を噛み締めた_ 『別れよう』と言われるのは、これで3回目だった_ また俺は、別れたい理由を増やしてしまった_ 悔しくて俺は『ごめん』って、言いそうになった_でも、またここで謝ったら繰り返すと思った_ だから、 「そんな簡単に、別れたいとか言わないほうがいいよ……」と口にした_ 初めて彼女を否定したから声が震えた_ 彼女の下がったまつ毛が目に浮かんだ_ これでよかったのか、迷っていたら、 『もういい、別れよ』 言われた_ 悔しかった_ 「そっか……」 自分がなにをしに来たのか、わからなくなった_普通に帰って、電話を繋げればよかった_友達に誘われた時点で、報告だけでもしておけばよかった_ もうすぐ記念日だからって俺は、浮かれていた_ ポケットの中には、スカイツリーのキーホルダーが入っていた_ 自分のぶんまで買ったから、無駄に膨らんでいた_ 渡すのは記念日でもよかったのに、俺は勝手なことをしてしまった_ 俺はもう、ダメだと思った_ 「いま家にいないよね……」 そこからはもう、止められなかった_ 「俺は聞かないでおくね、いまどこって」 彼女にはもう『別れよう』なんて言葉、使ってほしくなかった_ 「俺はもう彼氏じゃないし、別れようってそう言うことだよ」 たとえそれが、俺でなくても_ 『待って……』 いつもなら待ってあげた_でも今日は、 「もう待てないよ、ごめん」 ふたりが変われることを願って、電話を切った_ 切ると同時に、涙が溢れた_ 泣いてる自分に腹が立って、太ももを強く叩いた_ ポケットの中には、カイロが入っていた_ 『はい、これ使って?』 それは昨日の夜、彼女から渡されたカイロだった_ 『明日は休みでしょ? また自転車で出かけて、体調崩したなんて私は聞きたくないから、これ持って出かけて?』 手にしたカイロには、文字が書いてあった_ 熱なんかとっくに冷めていたけど、そこにはふたりの別れなかった理由が残されていた_ 俺は走り出していた_ 階段を降りたとき、右足をひねった_ 俺はそのまま、落ちた_ つぎに目を覚ましたとき、俺は病院のベッドの上にいた_ 名前を呼ばれて、ゆっくりと身体を起こした_ 「3週間も眠ってたんだよ……」 俺は、涙を流す姉を見つめた_ 「そっか……」 テーブルの上には2本のスカイツリーと、彼女から貰ったカイロがあった_ カイロには文字が書いてあった_ 『またすぐに帰るから 待っててね』 あの日彼女は、俺の家に帰っていた_ 彼女と別れて3週間_ 俺はずっと、約束を破り続けていた_ 2025/11/26に公開481,625 回視聴 3.06%13,58427「いまどこ?」 『家だよ?』 「じゃあどうして、スカイツリーの色言えないの?」 『疑ってるの?』 「うん、だって家にいるならスカイツリー見えるでしょ?」 彼氏の部屋からは、スカイツリーがよく見えた_ 『いま布団の中にいて、寒いから出たくないんだよ』 「その部屋カーテンないし、ベッドからでも見えたよね?」 『どうしてそんなに疑うの?』 「私、見たから」 1時間前、私のスマホに1件の通知が来た_ 『知り合いかもしれません』インスタからの通知で、知らない人のアカウント名が表示された_ 開いてみると、彼氏にフォローされてる人だった_男の人だったけど、私はついストーリーを覗いてしまった_ そこには男女が写っていて、居酒屋のテーブル席で乾杯をしていた_6分前の投稿で、その中には彼氏もいた_ 飲みに行くなんて聞いてなかった私は、すぐに投稿をスクショした_ べつに飲みに行ってるのはよかったけど、『異性がいたら報告する』って、決まりを作ったのは彼氏のほうだった_ 『見たってなにを?』 彼氏は言った_ 私はスマホを持ち替えて「ずいぶんと静かだけど、店のトイレにでもいるの?」と、鼻で笑った_ 『え?』 「どう? 久しぶりのお酒は?」 『もしかして、飲み会のこと言ってる?』 「うん、どうして家にいるってうそをつくの?」 『ほんとだよ?』 「じゃあ、私が見たストーリーは見間違いってこと?」 『たしかに俺は、高校のときの友達に誘われて飲みに行ったけど、すぐに帰ったよ?』 「じゃあ、そのままほかの人の家にいるんだ?」 彼氏は黙った_ 「やっぱりね、もしそこが女の家なら、私いますぐ別れたいんだけど?」 私はため息を吐いて言った_ 『そんな簡単にさ、別れたいとか言わないほうがいいよ』 彼氏の声が、急に冷たくなった_ 『俺が説明してないのが悪いけど、別れようって言葉、もっと慎重に使うべきだよ』 態度を変える彼氏に、私は腹が立って「もういい、別れよ」って言った_ 『そっか……』 彼氏の声が、ちいさく耳もとで響いた_ 『俺いま、家の前に来てたんだけど、帰るね』 彼氏は言った_ 「家って?」 『驚かせたくて来たんだけど、いま家にいないよね?』 彼氏の言う通り、私は家にいなかった_ 『俺は聞かないでおくね? いまどこって』 「待って、聞いて?」 『もう彼氏じゃないし、聞かないでおくよ』 「待ってよ」 『別れようって、そう言うことだよ』 「ねえ……」 『ごめんね、勝手に会いに来て、騙すようなことして』 「待って……」 『もう待てないよ、ごめん』 電話が切れた_ 私はスマホを耳に当てたまま、遠くを見つめた_ 路地の向こう側に、スカイツリーが見えた_ 彼氏のマンションを見上げて、私は7階のベランダを見つめた_ 私はただ、あそこから彼氏が顔を出して『むらさき』って言われることを待ってただけなのに、浮気を疑われてしまった_ 説明したくても、『別れよう』なんて言ったから、説明させてもらえなかった_ スマホを持つ手が震えて、噛んだ下唇から血の味がした_ 『別れようって言葉、もっと慎重に使うべきだよ』 彼氏の声がこめかみに響いて、押さえると同時に涙があふれた_ まぶたを擦ると、スカイツリーが虹色に光った_ 『これを見せたかったの?』初めて彼氏の家に遊びに行ったとき、ドライヤーをしてもらいながら私は窓の外を指差した_ 『違うよ?』彼氏は私の前髪を撫でて『俺が見せたかったのは、こっち』と、部屋の隅を指差した_ 部屋の隅には鏡があって、私があったかそうに笑っていた_ 『これを見せたかったの』と、彼氏は私の右ほほをつついた_ 上京するまで私は、血の繋がりのない子たちと18まで施設で過ごした_ ずっと笑うことは礼儀だと思っていた私が、産まれてはじめて心の底から笑えていた_ 窓の外のスカイツリーよりも綺麗で、思わず私は涙を流した_ あのとき、後ろから抱きしめてくれた彼氏の温もりは、いまでも私のことをあたたかく包み込んでいた_ もうすぐ記念日だったのに、また私はひとりを選んでしまった_やっぱり私は、人を疑うことでしか、人を信じれなかった_ スカイツリーが白く光った_ ほほが濡れて、肩が震えた_吐く息もぜんぶ、白く染まった_それなのに、胸の奥だけはまだ熱かった_ 『うちに来る?』 大学に向かうバスの中で、まだ友達とも言えない頃の彼氏は言った_ あの日は雪が降っていて、窓の外を眺めながら彼氏が『寒いとさ、身体が縮こまって、勝手に寂しいって勘違いしちゃうんだよ』と、私の手にカイロを当てた_『寒いときはさ、俺ん家来なよ』と、温もりを分けてくれた_ 『見せたいものもあるし』 そう言って彼氏は、逃げ場のなかった私に、はじめて帰る場所を与えてくれた_ 私は産まれてはじめて、別れと言う言葉の重みを感じた_ 東京の空は、案外星がよく見えた_ 7階から見たスカイツリーは、それよりもずっと私の帰る場所を照らしてくれた_ 私はもう、スカイツリーを見上げることができなかった_ 思い出に染まり過ぎたスカイツリーは、私の落とした涙すらも、虹色に輝かせていた_ 2025/11/23に公開1,618,867 回視聴 4.24%61,277175「それはもう浮気と一緒だよ」 旅行2日目のディズニーで、私は彼氏に言った_ 「どこが?」 「それだよ、それ」 「これ?」 彼氏のスマホには『チャットGPT』との会話が映っていた_ 「相手はAIだよ?」彼氏は首を傾げた_ 「入る前からずっとさ、スマホしか見てないじゃん」 「ごめん」 「カチューシャどれにするか聞いてるのに、スマホを開く意味がわからない」 「ほんとそうだね」 「そんなに私頼りない?」 「そんなことないよ」 彼氏はスマホをポケットに仕舞った_ 「ごめんね?」 「もう遅い」 私は手にしていたカチューシャを棚に戻して、店の出口に向かった_「待って」彼氏は呼び止めたけど、私は店を出た_ 遠くのほうにシンデレラ城が見えて、目の前をカップルが横切った_お揃いのカチューシャを付けていて、私は下を向いたまま歩き出した_ クリスマスはディズニーで過ごそうって、1年も前から計画していたのに、彼氏のせいでぜんぶ台無しになった_ そもそも彼氏は入園前からずっとスマホを見ていて、口角が1ミリも上がっていなかった_遊園地は酔うから苦手って聞いてはいたけど、今日くらいは頑張ってほしかった_ シンデレラ城の真下に着いて、私はあたりを見渡した_ 彼氏の姿は見当たらなくて、私はスマホを確認した_ 通知は来てなくて、私はため息を吐いた_ 大学2年にもなって、AIに嫉妬するなんて情けないと思った_ 『どこいる』 私は彼氏にラインを送った_ 既読は付かなくて、私はスマホを耳に当てた_ 「もしもし?」電話はすぐに繋がって、彼氏は息を切らしながら『ごめん、見つかんない』と言った_ 「なんで見つけられないの?」 『だって走れないから……』 「走れない?」 『うん、ディズニーって走っちゃダメでしょ?』 「知らない、AIに聞いたら?」 彼氏はしばらく黙って、『やばい、なんか血の味がする』と言った_ 「は?」 『なんか、高校のときのマラソン思い出す』 「なに言ってんの?」 『なんかさ、喉の奥から血の味がしなかった?』 「知らない、走ってないのに普通そうなる?」 『ひっしに早歩きはしてるからさ』 「じゃあ、体力が落ちたんじゃない?」 私は笑いながら言った_ 『もしこのまま、俺が死んだらどうする?』 彼氏は息を切らしながら言った_ 「一生恨むよ」 『一生?』 「うん、一生」 彼氏は笑って『一生思ってくれる人がいるって、幸せだね、こんな気持ちはじめて』って、私の口角をゆるめた_ 遠くのほうに、走ってる人が見えた_ 「あ」 『え?』 「いた」 『ほんと?』 「うん、でも見えなくなった」 『待って待って止まる、止まった』 「戻って来て」 『あれ、いま俺どっちから来た?』 「ねえ、方向音痴すぎない?」 私は思わず笑った_ 『あ、笑い声した』 「そんなに私の笑い方おっきい?」 『うん、いつもおおきいよ?』 「あのさあ」 『あ、待って、聞こえないからもっと笑って?』 「ほんとさあ」 『あ』 彼氏が手を振っていた_ 『いたあ』 彼氏の声が明るくなって、私も仕方なく手を振った_ 彼氏がこっちに向かって走って来て「ねえ、出禁になるよ?」と、私はスマホ越しに言った_ 彼氏はスマホを下ろしていて、手にしていた荷物も投げ捨てていた_ 走りながら彼氏は、両手を広げた_ そのまま私に飛び込んで来て、私は「苦しい」って上を見上げた_ 彼氏は私の耳もとで「会いたかった」と、声を震わせた_私の頭を抱き寄せて「もう会えないと思った」と、泣きそうな声で言った_ 「そんなわけないじゃん、とりあえず離して」私は、周りの視線を気にしながら彼氏の背中を撫でた_ やっとかかとが地面について、彼氏が私の肩に手を置いた_「好きすぎてつかれた」と、彼氏は白い息を上げた_ 「おつかれ」私は笑って、熱くなった彼氏の耳たぶに触れた_ 彼氏の後ろからカップルが近づいて来て「これ、落としましたよ」と、彼氏にカチューシャを渡した_ 「あ、すみません」彼氏はカチューシャを受け取って頭を下げた_ 「え?」 彼氏の手にはダッフィとシェリーメイのカチューシャがあった_ 「それ……」 「あ、思い出した?」 「うん……」 付き合いたての頃、私はダッフィとシェリーメイのカチューシャをお揃いで付けるのが夢って言ったことがあった_ 「ネットで買っておいたんだけどさ、まさかシーのキャラクターって知らなくて」彼氏は笑って、カチューシャを揺らした_私が忘れていたことを怒ることなく「ランドで付けたらダメと思って」と、おでこを押さえた_ 「それで、チャットGPTに聞いてたの?」 「うん」 「早く出せばよかったじゃん……」 「なんか恥ずかしくなって、1年も前の約束だし、俺が予約したのランドだったし」 私は首を振って、彼氏のことを抱きしめた_ 「シンデレラ城が見たいって言い出したの私じゃん、それに、ランドだからって付けたらダメとかないよ」と、彼氏の頭を撫でた_ 「なんか俺、喜ばせようとひっしになりすぎた」 「いいよ、こんなにひっしになって空回りする人、私はじめてだから」 「こんな彼氏、後にも先にもいないよね」 「いないよ、私にとって最初で最後の彼氏だもん」 そう言うと彼氏は、私の身体を離してカチューシャを揺らした_私の前髪を撫でて、カチューシャを私の頭に乗せた_ 足もとの影に耳が生えて、私の口角が上がった_彼氏の頭にも耳が生えて、ふたりでお揃いの影を揺らした_ 「たくさん振り回してごめんね」 私は彼氏を見つめた_ 彼氏は耳を赤くして「遊園地は酔うから苦手だけど、好きな人に振り回されるのは好き、ちょっとつかれるけど」と、私の耳を撫でた_ 「だから、これからもたくさん一緒にいてね」 「言われなくても、ずっと私は一緒にいるよ」 シンデレラ城の下で、私たちは生まれてはじめて、一世一代の約束をした_ 2025/11/22に公開195,795 回視聴 3.43%6,21518お皿の端に人参を残すと、いつも右頬にオレンジ色のアザができた_ 『あんたは嫌いなものが多すぎ、親が恥をかくんだから』 母親に初めて叩かれたとき、口に押し込まれた人参の甘さが傷に染みた_ 高校生になったいまでも、人参と目が合うだけで吐き気がした_ 今日は彼女と、初めてふたりきりのご飯だった_教室とは違って、ファミレスで向き合いながら食べるご飯は、味がしないくらい緊張した_ なんなら途中から、俺は吐き気を抑えていた_ 彼女が頼んだハンバーグの横には、人参がいた_ 目が合ってしまって、俺はそこから鳥肌が止まらなかった_ 「はい、あげる」 フォークの先に刺されたオレンジが、俺との距離を詰めて来た_ 右手が痺れて、額から汗がポツポツと湧いた_いるはずもない母親の声がして、俺は右頬を押さえた_ 手のひらが熱くなって「俺、人参嫌いなんだよね」と、情けない声を出した_ かっこ悪過ぎて、彼女の目は見れなかった_ 「え、うれしい」 顔を上げると、彼女がテーブルの上で人参をクルクルと回していた_ 子どもみたいに笑って「だってさ、嫌いってあまり嘘では言わなくない? だから、心が溶け合えた証明みたいでうれしい」と、フォークを揺らした_ 人参を口にして「ほんとは私も、野菜のくせに甘いとこが苦手」と、ほほを膨らませて笑った_ 彼女の明るい笑い声と、オレンジ色のチークが、下がった俺の口角を緩めた_ 俺はゆっくりと口もとから手を離した_ 彼女は微笑んで「やっぱさ、この甘さが憎いよね」って舌を出した_ 「人参からしたらさ、私たちのことなんか別にどうでもいいだろうけどね」と、鉄板の上を見つめた_ 鉄板の上には、もうひとり人参がいた_ 目が合ったけど、もう吐き気はしなかった_ 目の前には、オレンジ色に笑う彼女がいた_ 彼女は窓の外を見つめて「実は私、明るい時間が苦手なんだよね」と言った_ 俺の目を見つめて「歩くなら夜がいいし、ランチよりもディナーが好き、だから、たとえ日曜でも待ち合わせを夕方にしてるくれるとこ、ほんとにだいすき」と、ほほを両手で押さえた_ 肩を揺らしながら「私たち、相性ぴったり」と、微笑んだ_ 好きと嫌いが混ざり合って、テーブルの上が一気に明るくなった_ 窓の外を見つめて俺は「今日は、すこしだけ遠回りして帰りたい」そう口にした_ 「6時が門限でしょ? お母さんに怒られない?」 「だいじょうぶ、もう怖くないから」 俺がそう微笑むと、彼女はテーブルの上に肘をついて「そっか」と微笑んだ_ 「もし怒られたらさ、すぐに電話してよ? また私が慰めてあげるんだから」 「そんなことしてたら、また充電がなくなって、朝から困ってるのが目に浮かぶよ」 「だいじょぶだよ」彼女はカバンに手を伸ばして「ジャーン」と、袋を取り出した_ 中には延長コードが入っていて「これで、ベッドにいながら充電できる」と、コードの入ったケースを揺らした_ 俺は顔を塞いだ_ 「あれ、うれしくないの?」 彼女とはいつも、寝る前にかならず電話を繋げた_朝になると、彼女の充電が切れて途中でいつも通話は止まっていた_ それでも俺がほんとに辛いときは、彼女は朝まで電話を繋げてくれた_ そんなときはてっきり、充電をしながらベッドに横になってると思っていた_でも、 「いつも差し忘れてたんじゃないの?」 「ううん、私の部屋ね、ベッドからコンセントが遠いの」 でもほんとは、ずっとコンセントのそばで彼女は起きてくれていた_ 寒そうに、床の上で縮こまる彼女の姿が浮かんだ_ 俺は顔を塞いだまま、彼女のことが見れなかった_ おでこに彼女の手が触れて、 「今日からは『おはよう』で電話が切れるよ」と、彼女が笑った_ うつむく俺の前髪をぐしゃぐしゃに撫でて「さいこうでしょ」と、俺の頬を両手で包んだ_ 犬みたいにあやすから、俺は思わず笑った_ 「帰ろ?」 彼女は片目を閉じて笑った_ 「うん」 人参にふたりで謝って、ふたりともお腹をさすりながらファミレスを出た_ 今日もまた俺は、嫌いになれない母親の待つ家に帰る_ いっそのこと嫌いになれたら楽なのに、呪縛された俺の身体はどうしてもあの家に戻ってしまう_ 俺の目にはどうしても、キッチンで人参を花の形に切る母親の後ろ姿が焼き付いてしまっていた_ 「いつかはさ、好きになれる日が来るのかな」 俺は、オレンジ色の夕陽に向かってつぶやいた_ 彼女は俺の肩に頬を寄せて、 「ならなくていいよ、私だけで」 と、俺の腕を掴んだ_ 「だって私、幸せすぎるもん、好きを独り占めできるなんて、ほかじゃぜったいにありえないでしょ」と、彼女は幸せそうに笑った_ 覗き込んだほほはオレンジ色で、あまりの眩しさに俺は目を細めた_ 「ねえ、それいつまで持ってるの?」 「ええ、いいじゃん」 足もとから伸びるふたりの影には、延長コードの影がゆらゆらと繋がっていた_ 「ちゃんと届くかなあ」 そう言って笑う彼女は、やっぱり眩しかった_ 「もうじゅうぶん、届いてるよ」 今日もまた彼女は、オレンジ色に笑って、俺の帰る家を暖かく照らしていた_ 2025/11/18に公開30,298 回視聴 3.63%1,0265「なにしてるの?」彼女がキッチンで、俺があげた香水をシンクに流そうとしていた_「やっぱり捨て方、間違ってるかな?」まるで、揚げ物のあとの油みたいに、彼女は香水の瓶に困った表情を向けた_「待ってよ、気に入らなかったからって捨てるの?」「どうせ使わないし、邪魔になるでしょ?」「邪魔?」「あ、私ね、この家を出ることにしたから」「え?」「引っ越し先も、もう決まったから」「待ってよ、言ってる意味がわからない」俺は、手にしていたマグカップを棚に戻した_「べつに別れようってわけじゃないよ? ただ、同棲をやめようと思って」「いやいや、ちょっと待ってよ」テレビからは、年越しのカウントダウンが流れていた_残り1分のカウントを聞きながら俺は「どうして?」と聞いた_彼女はリビングを見つめて「やっぱり同棲は、結婚してからがよかったよ」と言った_リビングには『残り30秒』と、女性の声が響いた_俺はちいさく首を振って「結婚、しよう……」と言った_『10、9、8……』と数字だけが聞こえて、「ごめん、いまは無理」と、彼女の声が響いた_『0』を迎えると同時に、華やかな音楽が流れて、テレビの中から『おめでとうございます』と明るい声があふれた_俺は画面から目を逸らして、まぶたを擦った_同棲して初めてのクリスマスプレゼントは、デパ地下で見つけた香水にした_いつも彼女は外を歩いてるとき『金木犀』と、かならず笑顔を見せてくれたから、俺は金木犀の香りがする香水を選んだ_貰ってすぐ彼女は『使わないかも』と、苦笑いをした_『どうして?』俺がそう聞くと、彼女は笑って『金木犀は、ふとしたときに香るからいいんだよ』と言った_そのとき俺は、妙に納得して『たしかに』って笑ったけど、そこでちゃんと向き合うべきだった_「ごめんね」彼女は、香水の瓶を指でなぞりながら言った「好きだからって、常にそばにいてほしいとは限らないみたい」と、つぶやいた_キッチンの冷たい蛍光灯の灯りが、彼女の顔に青白い光を落とした_俺はこのまま、ふとしたときに思い出す、遠い存在になるんだと肩が震えた_彼女は俺の目を見つめて「しばらく、距離を置こう」と言った_「どのくらい?」「それはわからない」「俺のなにがダメだった? バスタオルをすぐに洗濯機に入れないとこ? 化粧水を使ったらもとの位置に戻さないとこ?」「ううん、なにも反省しなくていいよ」「じゃあさ……」それ以上の質問を、俺はすることができなかった_もし『冷めたから』なんて言われたら、俺は立ち直れる気がしなかった_彼女は、ほほに張り付いた髪を耳に掛けて「私が、変わろうとしてるだけだから」と言った_それから朝になるまで、ふたりで荷物をまとめた_玄関に荷物をまとめ終えたあと、彼女が「初詣には行っておきたい」と言うから、ふたりで近所の神社に向かった_途中、金木犀の匂いがした_けれどもう、笑ってくれる彼女はいなかった_彼女は、俺よりも長く手を合わせていた_俺は神さまに、つぎこそはずっと、そばにいれる存在になれるようにと願った_それから3週間が過ぎて、彼女から思ったよりも早く連絡が来た_1月20日の夕方6時のことだった_電車に乗っていた俺は、途中の駅で降りてすぐに掛け直した_3回掛け直したけど、彼女は出てくれなかった_いつ電話が来てもいいように、俺は家まで歩いて帰った_夜の9時を過ぎたとき、ようやく彼女から連絡が来た_あわてて耳に当てたスマホから『姉がいま、病院で手術を受けています』と言われた_彼女の弟さんからの電話で『姉は手術を受けるために、3週間前から入院をしていました』と聞かされた_俺にそのことを伝えなかったのは『元気な姿で戻れなかったとき、そのまま離れることができるように』と、彼女が言っていたと弟さんは説明した_『それでも姉は、ずっと貴方のもとに帰りたいと言っていました、手術室に入る前、こうしたことをひどく後悔していました』夕方に着信があったのは、そうした迷いから掛けてくれた電話だった_彼女はいまも手術室に入ったまま、容態が安定していないと弟さんは説明した_『姉に会いに来てほしいです』弟さんは、声を震わせながら言った_俺はジャンパーを手に「いますぐ向かいます」と、家を飛び出した_階段を降りてすぐ、金木犀の匂いがした_走りながら俺は、彼女が香水を使わなかった本当の理由に気づいてしまった_ふと香るその匂いに、彼女は自分のことが重ならないように、香水を使わなかったんだと気づいた_病院に着くと、眠ったままの彼女と、彼女の両親と弟さんがいた_そのまま俺は、彼女とふたりきりにしてもらえた_彼女のほほに触れると、堪えていた涙が一気に溢れた_口もとに手を当てると、金木犀の匂いがした_それは、ジャンパーの袖からしていた_『荷物開けるのめんどうだから、借りるね』彼女は初詣に向かうとき、俺のジャンパーに腕を通した_あのとき彼女は、俺に隠れて香水をつけていた_それが、俺の服には残っていた_「キンモクセイ……」彼女の声がして、俺は顔を上げた_彼女が、俺のことを見つめていた「ごめんね……」と、彼女の口角が上がった_俺はまぶたを擦って「おかえり」と、彼女のほほに触れた_彼女は目を細めて「ただいま」と、涙を流した_さっき聞かされた彼女の病状は、決して耐えられるものではなかった_それでも俺は「結婚しよう」彼女にそう伝えた_彼女は腕を伸ばして「うん、いいよ」と、俺の頭を抱き寄せた_消えることのなかった金木犀の匂いが、ふたりのことを包み込んだ_それはふたりにとって、何度季節が巡っても消えることはない、ずっとそばいる人の匂いだった_ 2025/11/02に公開132,388 回視聴 4.48%5,39516「いくつ?」5年ぶりに再会した元カレは、私の娘に目線を合わせて聞いた_娘はちいさな指を広げて、元カレに手のひらを向けた_「5才?」元カレは笑って、私のことを見上げた_私はあわてて「ちょっと、3才でしょ」と、しゃがみ込んだ_もし5才なんて思われたら、元カレと付き合っていたときにできた子どもってことになる_私は娘に「3才だよね」と言った_元カレは笑いながら「どっちがほんと?」と、私と目を合わせた_私は「3才、3才」と、娘の頭を撫でた_それでも娘は、手のひらを元カレに向けた_どうして娘が、こんなにも手のひらを向けるのか、私にはわかっていた_それは、私がよく娘にハイタッチをするからだった_それを気に入った娘は、よく知らない人にでさえも手のひらを向けた_でも、そのことを元カレには言えなかった_なぜなら、私がハイタッチをするようになったのは、元カレと付き合っていたときにできた、ふたりの癖だったから_パチンと音が鳴って、公園にいた鳩の群れが一斉に飛び出した_元カレが、娘とハイタッチをしていた_私は前髪を押さえて、立ち上がった_元カレは、私の左手を見つめて「この辺に住んでるの?」と言った_私は両手で前髪を整えて「うん、すぐそこに住んでる」と言った_元カレは笑って「そうなんだ」と、立ち上がった_「そっちは? なんでここにいるの?」私は聞いた_元カレは遠くのビルを指差して「すぐそこのビルで働いてる、お昼休みはここでランチしてて」と言った_ベンチには、お弁当箱が置かれていた_「東京から戻って来たの?」「うん、先週の金曜に戻って来た」「転勤?」「まあ、そんなとこ」元カレは、膝についた砂を払った_それを見た娘が「きれいきれい」と言って、元カレの膝を叩いた_砂を落とす娘に「ありがとう」と、元カレは顔を近づけて微笑んだ_私はそれを見て「子ども、苦手と思ってた」と言った_元カレは背中を丸めたまま「好きだよ」と、娘の手についた砂を払った_腕時計を見て「そろそろ戻らないと」と、元カレは身体を起こした_「なんかごめんね?」「ううん、ひさしぶりに話せてよかったよ」元カレは、緩めていたネクタイを締めた_手のひらを私に向けて「また」と、笑った_私は、走り出す元カレを娘と手を繋ぎながら見つめた_『また』なんて言葉、既婚者に向かって、元カレが使うはずがなかった_きっと元カレは、私がシングルマザーであることに気づいてしまった_私の薬指には、指輪がなかった_完全に気づかれる前に、私は「帰ろっか」と娘に言った_娘の手を握って、歩き出した_「ママ」娘の足が止まった_私の顔は、涙でぐちゃぐちゃになっていた_「ママ?」私は、娘の手を離して、両手で顔を塞いだ_ずっと我慢していた3年ぶんの涙が、一気にあふれた_まぶたの裏には、3年前に浮気をした元旦那の顔が浮かんだ_娘がお腹にいるときに浮気をした最低な旦那_私と娘を置いて、他の女のところに行った最低な男_そんな最低な男を、パパに選んでしまった私_それでも、私のことを選んでくれた娘を、私はぜったいに幸せに導いてあげたかった_この3年間、唯一頼れたのは、私をひとりで育ててくれた母親だけだった_そんな母親が3ヶ月前、肝臓を悪くして入院した_それと同時に、私の仕事も忙しくなって、娘との生活に限界が迫っていた_辛いときはいつも、娘とハイタッチをして、なんとか乗り越えて来た_でも、今日の私は、朝になっても布団から出ることができなかった_私は初めて仕事を休んだ_娘を保育園にも送ってあげることもできず、やっとお昼過ぎに娘と外に出た_保育園には向かわずに、近くの公園に入った_陽射しを浴びながら、公園を走り回る娘を見ていたら、私は涙があふれそうになった_顔を塞いでしまいそうになったとき、遠くのベンチに光が差した_そこには、5年前に別れた元カレがいた_「ママ?」現実に引き戻されて、私はあわてて涙を拭いた_「ごめんごめん」娘の手を握ろうとしたとき、後ろから声がした_「あのさ」元カレの声だった_息を切らしながら「明日もさ、ここに来てよ」と、元カレは言った_私は振り返らずに「仕事、戻ったんじゃないの」と言った_元カレは笑って「今日はさ、ちょっとだけ怒られてもいい日にする」と言った_私は首を振った_それでも元カレは「明日は土曜日だけど、お弁当でっかいやつ作ってくるから、3人で食べよ?」と、笑った_「ね?」と、足もとの影を揺らした_私は、ゆっくりと振り返った_元カレは、私に手のひらを向けていた_娘が両手を上げて「たっちたっち」と、飛び跳ねた_私はゆっくりと、元カレの手に中指を当てた_手のしわをなぞって、元カレの手に手のひらを重ねた_彼の手が離れて、ふたり同時に、隙間を埋めた_音が鳴って、彼の口角が上がった_娘が笑って、公園には3人の笑い声が響いた_私は下を向いて「おにぎりは、さんかくがいい」と言った_彼は笑って「まるしか作れないこと、忘れちゃった?」と、ネクタイを揺らした_私は顔を上げて「がんばってよ」と、彼と目を合わせた_娘が手を伸ばして「ほしのかたちがいい」って、飛び跳ねた_私は彼に「だってさ」と、口角を上げた_彼も口角を上げて「ほしかあ」って、娘を見つめた_しゃがみ込んで「がんばってみるね」って、娘の頭を撫でた_私もしゃがみ込んで「よかったね」って、娘の頭を撫でた_風が吹いて、娘の笑い声が響いた_公園には、おひさまみたいな笑顔が、みっつ並んだ_ 2025/10/26に公開159,258 回視聴 2.74%4,00815「誕生日に香水はやめてね?」初めて彼氏の家で靴を脱いだ日、私はそんなことを言われた_テレビ台の上には、たくさんの香水が並べられていた_「こんなにあるのに?」私は聞いた_彼氏は、私のコートをハンガーに通しながら「見ての通り俺、飽き性だから」と、笑った_私はテレビ台の前にしゃがみ込んで、香水に顔を近づけた_どれも使いかけの香水で、いつか私も飽きられるのかななんて考えてしまった_いちばん減ってる香水を手に取って「これ、つけてみてもいい?」と、彼氏に聞いた_彼氏は振り返って「いいけど、なんでそれ?」と笑った_私は立ち上がって「見た目がいちばん綺麗だから」と、手首に香水を振った_彼氏と付き合ってまだ2週間、私と彼氏は記念日すら迎えていなかった_この前も、彼氏がコンタクトを付けていることを初めて知った_私は、彼氏が長く使った香水の匂いを知っておきたかった_「どう?」彼氏は、冷蔵庫を開けながら言った_私は香水の瓶を揺らして「これ、貰ってもいい?」と聞いた_彼氏はミルクティーをグラスに注ぎながら「え?」と、笑った_「使わないんでしょ?」「うん、使わないけど、その瓶綺麗だから」彼氏は、冷蔵庫を閉めながら言った_グラスを両手に持って「座りなよ?」と、私に視線を向けた_私は、テレビ台の前に腰を下ろしながら「じゃあ飾っておくね」と、香水をもとの位置に戻した_「ソファ、使ってもいいのに?」「ううん、床でだいじょぶ」私は、テレビ台の上にあごを乗せた_香水を指でなぞりながら「これってさ、ぜんぶ自分で買ったの?」と聞いてみた_彼氏はグラスを両手に持ったまま、私のとなりにしゃがみ込んだ「心配しなくても、ほかの人との思い出はひとつもないよ」と、私のひだりほほにグラスを当てた_私は冷たくなったほほを押さえて「変なこと、聞いちゃった」と笑った_彼氏は両手を広げて「おいで」と、手にしたグラスを揺らした_私は、ミルクティーがこぼれないように、そっと彼氏に抱きついた_「不安になるよね」彼氏は、私の背中に腕を回しながら言った_私は彼氏の肩にあごを乗せて「ぜったいなんて、ないんもんね」と言った_彼氏は、私の顔を覗き込んで「2年前に言った言葉、まだ覚えてたの?」と言った_「うん、大学の食堂で泣いてる人なんか、あれ以来見たことないもん」と、私は笑った_彼氏は天井を見上げて「あのとき、泣いてた俺に声を掛けてくれたから、いまがあるんだよね」と微笑んだ_「私にさ『ぜったいなんてない』って、何度も教えてくれたもんね?」「うん、まさか付き合った彼女が、3人連続で浮気するなんて思わないじゃん?」「何回聞いても、やばすぎる」「まあでも、俺が重すぎるから、みんな嫌になるんだよね」「じゃあやっぱり、飽き性ってのは嘘なんだね?」「え?」「ほんとはさ、香水も使い切れるんでしょ?」「え……」「だってほら、捨てずにこうして取ってるじゃん?」私は、テレビ台の上を見つめた_彼氏は、グラスをテーブルに置いて、下を向いた_私は、うつむく彼氏の腕を掴んで「私といるときはさ、素直になってもいいんだよ?」と、彼氏の頭を抱きしめた「別に依存されても、私は平気だから」と、彼氏の柔らかい髪を両手で撫でた_彼氏は、私の肩に顔を伏せて涙を流した_やっぱり彼氏は、まだ過去の傷を癒せていなかった_私は、彼氏の背中を撫でて「ずっと一緒にいてくれなくても、いつかこうして部屋を彩れるのなら、私はこの瞬間でさえも大切に思えるよ」と伝えた_彼氏は顔を上げて「思い出は、一生大切にできるもんね……」と、涙を拭いた_私は彼氏の頭を撫でて「ぜったい一緒になんて、思わなくていいんだよ」と笑った_「これからもさ、私との思い出たくさん増やして、綺麗に飾ってよ?」「うん……」彼氏は頷いて、私の胸に顔を押し当てた_「来月の誕生日さ、なにが欲しいの?」私は、彼氏の顔を覗き込んだ_彼氏は、ゆっくりと瞬きをして「香水がいい」って、笑った_私も笑って「わかった」って、彼氏のことをまた強く抱きしめた_初めて嗅いだ彼氏の肌の匂いは、一生離したくない私の好きな匂いがした_一生なんてありえないけど、いまだけは『ぜったい』って言いたくなるくらいに、彼氏のことはぜったいに離したくなかった_私の腕の中で泣く彼氏が、世界でいちばん、ぜったいに可愛かった_ 2025/10/23に公開223,085 回視聴 3.4%6,90711「ちゃんと別れよ?」車の中で彼氏は言った_私はルームミラーを見つめて「なにも言わずにいなくなったのは、そっちじゃん」と、彼氏を睨んだ_後部座席で彼氏は「手紙くらい残しておけばよかったね」と、窓の外を見つめた_私も真っ暗な海を見つめて「いまさら別れようって、言うために私をここに呼び出したの?」と聞いた_「うん」彼氏は、ちいさくつぶやいた_2ヶ月前、彼氏は突然私の前から姿を消した_やっと会えたと思ったのに、彼氏は助手席ではなく後部座席を選んだ_「同棲したから、冷めたんでしょ?」私は聞いた_「ううん、いまでも好きだよ」「じゃあ、どうして別れようなんて言うの?」「幸せになってほしいから」「いいよ、私はこのまま好きでいるから」「もうさ、俺のことは忘れて?」「無理だって」私は、後ろを振り向いた_やっぱり彼氏の姿はなかった_ルームミラーに視線を戻すと、彼氏は鏡の中でうつむいていた_「ねえ、どこにいるの?」「俺もわからない……」2ヶ月前、彼氏は海で溺れていた子どもを助けようとして、波に飲まれて姿を消した_遺体は見つかることなく、子どもの命だけを救って、私の前から姿を消した_「あの日、私をここで待ってたんじゃないの?」私は、ルームミラーに映る彼氏に言った_彼氏は頷いて「そうだよ」と、目を逸らした_「私に話があるって、呼び出したよね?」「うん」「あの日、恋人をやめようとしてたんじゃないの?」「うん……」月明かりが差し込んで、彼氏の輪郭が微かに消え始めていた_「それなら、ちゃんと言ってよ?」私は、後ろを振り返った_後部座席には、彼氏のために買って来た花束だけが横たわっていた_「もう嘘でもいいから、私に別れようって言ってよ……」私は、両手で顔を塞いだ_「ごめん、それは言えない」彼氏の声が、車の中に響いた_「言ってよ……」私は首を振った_「嘘でも、言いたくない」彼氏の懐かしい肌の匂いがして、私の顔は彼氏の首もとに触れていた_彼氏の両腕が、私の頭を包み込んでいた_彼氏が亡くなった日、砂浜にはカバンが遺されていた_その中には、バラの花束と指輪が入っていた_「私、ずっと恋人をやめるの待ってるんだから……」私は、彼氏の背中を抱き寄せた_彼氏は、私の肩に顔を伏せて「ほんとごめん」と言った_私は、消えかかる彼氏の顔を見上げて「忘れてなんて、言わないでよ……」と、彼氏の服を掴んだ_彼氏は、服の袖でまぶたを擦って「ほんとは、忘れてほしくない」と、声を震わせた_服の袖には、ふたりで行くはずだったライブのタイトルが書かれていた_「私との約束、たくさん置いて逝かないでよ」「うん……」「ペンライトも、2本届いたよ?」「うん……」「映画の前売り券も、まだ残ってるよ?」「うん……」「ドライヤーも、大変なんだから」「髪、伸びたもんね」「服も、ひとりじゃ選べないんだから」「その新しい服、よく似合ってるよ」「ひとりはもう、嫌だって……」私は、強く首を振った_彼氏の手が、私のほほに触れた「俺がいなくても、ちゃんと可愛いよ」と、私の目尻をなぞった_私の頭を撫でて「崩れたメイクすら可愛いって、さすが俺の恋人だよ」と、笑った_私は首を振って「もう、恋人じゃないって……」と、彼氏の手を握った_彼氏は涙を見せて「そうだね、もう恋人じゃないね」と、微笑んだ_私のおでこに触れて「これで、安心して行けるよ」と、私の目を塞いだ_彼氏の温もりが消えて、私は手を伸ばした_彼氏はもう、いなくなっていた_私は花束を手に、車を降りた_砂浜を走って、波のそばで立ち止まった_花束を抱えて、しゃがみ込んだ_彼氏が亡くなった日、仕事中だった私のもとに連絡が来た_彼氏のカバンの中には、手帳が入っていた_それを確認した警察官からの電話だった_『ご家族の方ですか?』そう聞かれた私は、迷うことなく『はい』と伝えた_彼氏の手帳には、私の電話番号と名前の横に『家族』と記されていた_彼が密かに描いていた、私と家族になる未来_それは、手紙や言葉にするよりもずっと、私の中に刻まれてしまった_「忘れるなんて、できないよ……」私は、花束を落として地面に手をつけた_人生最後のプロポーズは、彼以外はもう考えられなかった_それでも、私のみぎほほには、安心して笑う彼の温もりが残っていた_私は砂を握りしめて、前を向こうとした_でもやっぱり、顔を上げることができなかった_砂の上には、彼と歩んだ3年間の軌跡と、私の涙の跡が、いくつもの星を描いていた_私はもう、どこにも行けなかった_ 2025/10/22に公開46,125 回視聴 4.86%2,02411図書室での会話は、やけに言葉の輪郭をはっきりとさせる「好き」と彼女に言えなかったのは、そのせい_彼女が亡くなったのは、初雪が降ったクリスマスの朝のことだった_彼女はマンションのベランダで、息をしていない状態で発見された_その日、彼女の母親は男の人と朝までドライブに出かけていたらしく『娘がベランダにいることを知らずに鍵をかけた』と、母親は供述をした_その後、ベランダには何冊もの本と食べかけのコンビニ弁当が積まれていたことから、彼女の母親は常習的に彼女をベランダに放置してことが発覚した_彼女は、本を抱きしめながら亡くなっていた_棺桶の中で眠る彼女の肌は白く、白樺のようにボロボロだった_彼女と最後に交わした会話を、僕ははっきりと覚えていた_冬休みに入る前、彼女は読み終えた本を僕に向けながら『本を読み終わったらね、使っていた栞は好きなページに挟んで、閉じてあげないといけないんだよ』と僕に教えた_僕は『また使ってあげないの?』と聞いた_彼女は笑って『たとえ結末を迎えても、栞を物語の中に残しておけば、何度でも迎えに来れるから』と、本のあいだに栞を挟んだ_僕が『図書室の本だよ』と言っても、彼女は『いいの、1冊くらい』と、閉じた本を抱きしめた_僕は、彼女が最後に選んだページを見ておきたかった_2週間ぶりの図書室は、石油ストーブが焚かれていて灯油の匂いがした_窓の外には雪が降っていて、音もなく降り注ぐから、僕は息を潜めて本棚を順番に回った_本の背表紙を指でなぞりながら、何度も声が漏れそうになった_彼女が手にしていた本のタイトルを見つけたとき、僕はすぐに本を開いた_栞が床に落ちて、僕は追いかけた_拾い上げると、そこには文字が書かれていた_僕の耳には、はっきりと彼女の声で『あいしてる』と聞こえた_その瞬間、彼女との思い出が駆け巡った_いつも彼女は、本を読むとき指のあいだに栞を挟んでいた_たまに犬の尻尾みたいに揺らすから、僕はよく真似をして、同じように揺らした_そうすると彼女と目が合って、彼女が微笑んでくれるから、僕はその瞬間が大好きだった_僕たちは言葉を交わさなくても、お互いがなにを考えているか分かり合えていた_本の中でしか見たことのない幸せが、あの瞬間だけは、ふたりのあいだに漂っていた_僕たちは時間をかけて、ぼんやりと浮かぶ幸せを手に入れようとしていた_僕は、栞を指のあいだで揺らして、また本の中に戻した_ふたりの思い出を、本の中に閉じ込めた_彼女が『あいしてる』と遺したページ_右端の数字は、僕の出席番号『26』だった_ 2025/10/19に公開13,789 回視聴 3.18%40171234...19>次へ×インフルエンサーコンテンツCSVダウンロードフォロワー総数、フォロワー増減数、エンゲージメント数、エンゲージメント率ダウンロード※ データには投稿ID, 投稿URL, 説明文, 再生数の他、LIKE数, コメント数, シェア数, 動画尺, 公開日が含まれます。 コンテンツをCSVでダウンロード