「あたし、誰にも忘られたくない」 女と思われるものは、ひどく歪んでいた。 手にはキーホルダーが握られていた。 キーホルダーを見て、あの女だと気づいた。 誰にも忘れられたくないと願いながら、誰にも見つからないように、隠れて生きてきた女。 k。 ______________________ 「群れの中にはいたいんだけど、群れの中だと居心地が悪いんだよね」 kが笑いながら言った。 私は面白いとは思わなかったため、笑わなかった。 kは私に背中を向けてホックを閉めた。 私は、この女の名前を知らない。 LINEの名前はkだった。 私のLINEの名前も似たようなものだった。 初めて会った時に、一度だけ名前を聞いことがあったが覚えていない。 向こうもおそらく私の名前は覚えていない。 名前を呼んだことも呼ばれたこともない。 いつからか、たまに部屋にやってくるようになった。 kは続けて言った。 「頑張って群れについていこうとしてた時もあったんだ。でも不思議なことに、みんな自然に同じ方向へ進んでいく。あたしはあたふたして必死についていく。みんなが自然と同じところで笑う。あたしも真似して笑ってみる。そういうことが積み重なって段々に気づくんだよね。あれ、あたしだけ種類違うじゃんって」 私は返事をしなかった。 タバコに火をつけた。 kは私が聞いていようがいまいが、構わず喋る。 kは返事を必要にしているようには思えなかった。 「どれだけ擬態しても違うものは違う。疲れて、群れから少し離れてみるの。そうするとね、みんなそれに気づかずにどんどん先に行っちゃうんだ。気づいてる人も何人かいたかもしれないけど、それでもお構いなしにどんどん進んでいっちゃうんだ」 私はkの話に適当に相槌を打った。 kは話し続ける。 「あたしを群れに入れようとしてくれる優しい子もいたの。でもね、あたしは違った。どれまで模倣しようとしても何かが決定的に違った。だから拒んだ。それで1人でいたら気づいた。楽だなって」 kの話は続く。 「隠れて、見つからないようにしてきた。楽だから。それなのにね、結局あたしは寂しくなってまた群れを探す。本当に何がしたいんだろうね」 私は残念に思った。 今までkの毅然とした態度に、密かに憧れをいだいていた。 kの"コドク"は美しいとさえ思っていた。 そんなkが弱音を吐くところは見たくなかった。 kは玄関に向かっていく。 私はkを横目にケータイをいじっていた。 kが扉の前で立ち止まった。 「あたし、誰にも忘れられたくない」 _____________________ kがしばらく家に来なくなってから、恋人が出来た。 何度かkから電話があったが、恋人がいるため電話は控えるようにいった。 kから、LINEでも構わないから、既読をつけてくれるだけでいいと返事がきた。 kからたまに連絡がくるようになった。 kからの連絡の内容は、悲観的なものばかりだったため、億劫になり、既読をつけることすらもしなくなった。 kとは割り切った関係を築けていたと思っていた。 kはそれが出来る女だと思っていたため、残念に思った。 ある日、kから着信があった。 kは電話をかけないという約束を破った。 私は電話に出なかった。 kからしつこく着信があった。 面倒だと思った。 私は電話に出た。 「お母さん...どっか行っちゃった」 kは泣いていた。 「助けて。お願い」 kは泣き崩れている様だった。 「彼女いるんだよ。勘弁してくれ」 「お願い!キーホルダーが...。お母さんからもらったキーホルダーが千切れちゃった。お願い!私1人に」 これ以上は付き合っていられないと思い、電話を切った。 _____________________ 駅近くのビル街のコンクリートの上で、歪んだkを見つけた。 キーホルダーを握っていた。 あの日、kは電話でお母さんからもらったキーホルダーと話していた。 それほど大切なものだったのだろうか。 kを取り込む人だかりが出来ていた。 目立つのが苦手なkの最後はこれで良かったのだろうか。 「あたし、誰にも忘れられたくない」 kの言葉が頭をよぎった。 kは誰かに見つけてほしかったのかもしれない。 ひっそりと隠れながら、誰かに見つけてほしいと二律背反した願いをいだいていた。 あの時私がkの電話を切らなければ、あの時私がkの話を聞いていたら、あの時、いやもっと前か、あの時kと出会わなければ...。 私はどこで間違えたのだろうか。 kとの思い出を思い起こしてみたが、特段大切と思えるものはなく、泣くことが出来なかった。 泣こうとしたのは自分の罪○感を軽くするためだと気づき、泣こうとするのをやめた。 kが○んだことは、ビル街を歩いていた大勢の者たちが知ることになった。 しかし、それにも関わらずkが生きていたことを知っていたのは私だけだった。 翌日、チャンネルを回してみたが、kに関する情報は一切なかった。 #創作小説 2024/12/10に公開1,963 回視聴 4.94%874遠距離恋愛をしていた彼氏から別れを告げられた。 彼氏とはネットで知り合った。 彼氏は東北に住んでいて、私は四国に住んでいた。 彼氏は大学1年生で、私は高校2年生だった。 金銭的にデートの約束をすることは難しかった。 アルバイトが校則で禁止されていたため、到底私のお小遣いでは交通費すら確保出来なかった。 少しでも彼氏に近づきたくて、東北にある大学に通いたいと両親に言ったが、当然反対された。 結局、四国の大学を受験することになった。 そんなときに彼氏から「別れよう」とLINEがきた。 電話をかけて理由を聞いた。 彼氏は言った。 「好きだけじゃ恋愛は続けられないよ」 私は聞いた。 「恋愛って好きだけで充分じゃないの?」 恋愛経験が大してない私には、好きなのに別れなければならない理由がわからなかった。 いや嘘だ。 本当は彼氏が別れたくなる理由もわかっていたけど、そんなに私たちの関係は脆かったのかと悲しくなった。 認めたくなかった。 運命の人だと信じていたかった。 「ごめん」 「私がネットで出会った女だから?」 涙が流れてきた。 「え?」 「私がずっとずっと遠くに住んでるから?」 彼氏は黙っている。 「私が大学になるまで待っててよ。大学になったらたくさんバイトして、私がそっちまで行くから。大学卒業したら引っ越すから。だから。絶対...不安にさせないから」 涙が溢れて止まらなくなった。 彼氏は長い長い沈黙の後言った。 「好きな人が出来た。だから、ごめん」 「え、どういうこと?」 「ごめん」 「同じ大学の人?」 「うん」 「可愛い人?」 「うん」 「優しい人?」 「うん」 頭ではわかっている。 もう何を言っても意味がないことは、わかっている。 それでもそんなに簡単に、気持ちは割り切れなかった。 確かに私たちは遠い距離にいた。 それでも心の距離だけはずっとずっと近くにあったはずだった。 隣に感じていた。 そう思っていたのは私だけだった? 沈黙の後、彼氏は再び言った。 「ごめん」 私から何を言われようとも謝罪に徹しようとしているようだ。 その姿勢から、もう本当に終わりなのだと悟った。 「最後に一言だけ」 「うん」 「私のこと好きだった?」 「うん」 うん、じゃなくてさ。 欲張りは言わないから一言だけでいいからちょうだいよ。 「そうじゃなくてさ」 たった一言、言ってよ。 「ごめん」 私がほしいのは、その言葉じゃない。 「わかったよ。もういいよ。切るよ。わかったから。好きな人と付き合えるといいね」 「うん、ありがと。ごめん」 電話を切った瞬間、堰が切れたように涙が溢れ出した。 声をあげて泣いた。 とても耐えられる自信がない。 「今までありがとう」 最後に送ったメッセージには既読すらつかない。 もしかしたらブロックされているのかもしれない。 スタンプ機能で確認したが、やはりブロックされていた。 本当に終わったんだ。 私たち。 こんなに呆気ないんだ。 昨日まで1番近くて遠かった人と、取り返しのつかない距離まで離れてしまった。 私たちはどうしたらずっと一緒にいられたのだろうか。 私はどこで何を間違えたのだろうか。 生まれてくる場所だろうか。 それとももっと早く生まれてくるべきだっただろうか。 私がもっと可愛かったら良かったのだろうか。 私、失恋したんだ。 失恋ってこんなにきついんだ。 知らなかったな。 #創作小説 2024/11/30に公開4,979 回視聴 4.84%2183「どなたですか?」 夫の記憶がなくなった。 夫が通院していた病院に連れて行った。 ストレスが原因ではないか、と言われた。 夫は2年前、仕事に行けなくなった。 結婚を機に、私が無理を言って、私の地元へ引っ越した。 その際に、夫は仕事を辞めて、私の地元で新しい仕事を探した。 すぐに仕事は見つかった。 夫は通勤のために慣れない運転することになった。 仕事も今までとは違い、シフト制になり、夜勤もあった。 夫はルーティンワークを得意とする人だったため、慣れない環境で、慣れない運転をして、不規則な休日を送ることに大きな負担がかかっていた。 ある日、決まった時間に夫が起きなかった。 初めてのことだった。 夫は休日であっても毎日決まった時間に起きていた。 私は夫の体調が悪いことに気がついた。 夫は物凄く焦って、急いで仕事へ向かった。 それからしばらくして、夫はアラームが鳴ったスマホを黙って眺めていることが増えていった。 そして夫は、仕事に行けなくなった。 夫は休職した。 が、復帰の目処が立たず、退職することになった。 私は掛けるべき言葉を間違えてきた。 焦っていた。 もし夫がこのまま仕事をしなかったら。 子どもは、無理なのだろうか。 私がこのままずっと夫を養って生きていくのだろうか。 思い描いていた未来がどんどん遠いていく。 焦って、夫にあたった。 「家事は出来るよね?」 「一緒にハローワークにでも行こうよ」 「なかなかお金貯まんないね」 「バイトくらいなら出来る?」 夫に対してずっと皮肉を言ってきた。 出来るだけ優しい口調で、夫の罪○感を煽るように言ってきた。 「こんなはずじゃなかったのにね」 夫にそう言うと、夫は黙って涙を流していた。 夫が泣いているところを見るのは初めてだった。 取り返しのつかないことをしてしまったと思った。 「ごめんなさい」 夫は泣きながら何度も私に謝った。 堰を切ったように泣き崩れた。 それから、夫の記憶が部分的に抜け落ちていくようになった。 家事をしている夫の手が止まった。 「どうしたの?」 と聞いた。 夫は言った。 「ここ、どこ?あれ、仕事に行かないと!」 私は焦って取り乱す夫に事情を説明した。 何度も何度も同じようなことがあった。 その都度、説明し続けた。 そしてついに夫は私のことを忘れた。 「どなたですか?」 その言葉を聞いた途端、涙が溢れて止まらなくなった。 思わず家を飛び出してしまった。 私は考えていた。 もし私がワガママを言わなければ、夫は幸せに暮らしていたのだろうか。 もし私が夫の心に寄り添うことが出来ていたなら、夫は回復していたのだろうか。 わからない。 私はどこで間違えたのだろうか。 そもそも、私が夫と出会わなければ、夫は。 私は思った。 元気に笑う夫の姿を思った。 健やかに眠る夫の姿を思った。 私が、夫を、壊した。 「ごめんなさい」 一度口に出してしまうと、後は止め処がなかった。 #創作小説 2024/11/27に公開2,448 回視聴 6.54%1415「知ってる?女は2種類にわけられるんですよ」 「たけのこ派かきのこ派か?」 「自信のない女か、自信があるように見せてる自信のない女」 猫のような女、だと思う。 この女はいつもふらりとやってくる。 紫葵(ちな)はベッドに腰掛けて水を飲みはじめた。 紫葵の長くて綺麗な黒い髪に指を通し、白い背中にふれた。 終わった直後にすぐに背中を向ける女は紫葵が初めてだった。 紫葵(ちな)とはバイト先で出会った。 初めてうちに来たのは、紫葵の歓迎会の帰りの成り行きだった。 それからすぐに紫葵はバイトを辞めた。 自分が原因かとも思ったが、何故なのか紫葵は週に1〜2度、うちを訪ねてくるようになった。 俺は、紫葵が住む場所も何をしている人なのかも知らない。 ただ平日の昼間にやってくることが多く、年齢も近いように思えたため、自然と同じ大学に通っているものだと思うようになっていた。 「お姉さんはどっち?」 「私はどちらかというと後者」 「普段からカッコつけてるの?」 紫葵の背中を見て、なんとなく嬉しそうな顔をしている気がした。 「そうだよ。A型の長女なので」 「長女だったんだ」 「言ってませんでした?」 「覚えてないな」 「忘れるのはお兄さんの特技だもんね」 「お姉さんの特技は、何?眠ること?」 「お姉さんの特技はたくさんあります」 「例えば?」 「寝ることでしょ」 「やっぱり」 「食べることでしょ」 「うん」 「お別れすることでしょ」 「バイトも爆速で辞めたもんな。何でもスパッといける感じ?」 「そだよ。なんでもスパッといっちゃうんだから」 紫葵は、俺のことをお兄さんと呼ぶ。 おそらく紫葵は俺の名前を覚えていないのではないかと思う。 俺を名前で呼んでいたのは、初めて会った時だけだった。 確かに、俺たちの関係性にお互いの名前が必要だとも思えなかった。 俺と紫葵はお互いの身の上話は、あまりしない関係性だった。 どちらが踏み込もうとしたらもう片方が一歩引く。 それが俺と紫葵の不文律だった。 「寒い」 「着たらいいじゃん」 紫葵は俺の言葉を無視して、もっとそっち行ってください、と言いながら強引に寝転がった。 「お兄さん体温高いよね」 紫葵は大きく息を吸って吐いた。 「寂しいの?」 「そうなのかな」 「知らんよ」 「お兄さんは寂しくならないの?」 「うーん、たまに。でもずっと誰かと一緒っていうのは今は考えられないな」 「その心は?」 「めんどくさい」 「そいですか」 「お姉さん、彼氏でも作ったら?」 なんとなく、しまったと思った。 踏み込んだことを言ってしまった。 「うーん、どうだろ。わかんないや」 俺がした質問の回答としては不適格のように思えた。 「やっぱめんどくさいかな」 先ほど、自分が言った言葉であったが、その言葉を聞いて、なんとなくばつが悪くなった。 「真似すんな」 「一人でいることに慣れすぎるとさ。自分以外のことが全て億劫になってくるんです」 「それはわかる気がする」 「私さ、高校から一人暮らししてるからか、一人に慣れすぎちゃってて。そのせいか人に合わせるって苦手」 初めて聞く話だった。 俺は紫葵の話を黙って聞いていた。 「でもその癖にちゃんと寂しさは感じるんだから困っちゃいますよ。ずっと一人でいるってのは、想像したくないな」 紫葵は消えるような声で言った。 「そっか」 今日は踏み込んだ話をしすぎている気がする。 「正確には一人でいたいっていうか、一人でいないとっていう方が。なんか私、今日喋りすぎてる気がする」 「うん」 「いかんいかん。ミステリアスお姉さんの設定を忘れるところだった」 「ミステリアスお姉さんって、ブランディングだったのね」 「好きなカワウソの種類について話そうよ。一番好きなのを教えて」 「好きなカワウソを語れるほどカワウソを知らない」 「じゃあ犬については語れる?」 「カワウソよりは」 「好きな犬は?」 「柴犬」 「一緒だね」 「そうなんだ」 「猫は好き?」 「犬よりは好き」 「じゃあ私のことは?」 「唐突だな」 紫葵は何も言わない。 紫葵の表情が読めない。 紫葵は今、何を考えている? 「なんか今日、違うね」 紫葵はハッとした。 その後、すぐにおどけてみせた。 「お兄さん今困ったって顔したでしょ。私の勝ち」 「俺負けたんか」 「そだよ。私は強い女なんだよ」 「そか」 「さて、お姉さんはそろそろ行きますよ」 「わかった」 「ではまた来世で会おうお兄さん。さらば」 「押忍」 いつものようにベッドの上から、紫葵に手を振った。 以降、紫葵が家に来ることはなくなった。 それから、紫葵がいつでも家に入って来られるように、鍵を開けっぱなしにするという不用心な習慣がついてしまった。 あの日、多分俺は間違えた。 いやもっと前から間違えていた。 俺は気づいてしまった。 紫葵に名前で呼んでほしいと思っている自分に気づいてしまった。 こんな感情は初めてだった。 今まで淡いものが好きだった。 いや、好きだったと言うよりは淡いものでないと耐えられなかった。 恋愛においては特にそうだった。 どんどん色褪せて腐敗していく感覚が耐えられなかった。 相手の物が自分の部屋を圧迫していくのが嫌だった。 相手の言葉に心をざわつかせられるのが嫌だった。 相手に時間を、行動を拘束されるのが嫌だった。 要するに俺は相手を受け入れる自信と受け入れられる自信がなかった。 当然、次第に女たちは俺の元を去っていった。 いっときの寂しさを埋められたら、それで良いと思っていた。 でも、紫葵は違った。 紫葵のことが恋愛的に好きなのかと聞かれたら、自信を持ってそうだと答えることは出来ない。 が、何と言えば良いだろうか。 この先、紫葵と関わらない未来は想像できなかった。 これからも関わり続けたいと思っていた。 紫葵のことをもっと知りたいと思った。 紫葵のことを知りたいということは、俺は紫葵ともっと近づきたいと思っていたのだ。 この感情の正体がなんなのか、確かめたい。 今日、初めて紫葵に連絡をした。 #創作小説 2024/11/20に公開4,928 回視聴 5.22%2262私には同じ中学校に通う兄がいます。 兄は支援学級に在籍しています。 先日、教室移動の際に踊り場で兄を見かけました。 兄は男子生徒たちに囲まれていました。 1人の男子生徒が、兄の背中をおしました。 兄はバランスを崩して、階段から転げ落ちそうになりましたが、なんとか手すりにつかまって耐えました。 それを見て、男子生徒たちは大きな声で笑いました。 兄も「いってー!危ねー!」と言って笑っていました。 私には兄が努めて笑っていることがわかったため、やるせない気持ちになりました。 本当なら、声をかけるべきでした。 それなのに私は目を逸らしてしまいました。 それどころか、思ってしまったのです。 兄妹だとバレたくない、と。 兄よりも自分を守ろうとしました。 唯一仲が良い友達が心配そうに私を一瞥しましたが、私はふれてほしくなかったので顔を背けました。 友達はそれに気づいて何も言いませんでした。 2階から降りて、リビングに行くと、 母が兄の背中に湿布を貼っていました。 兄は母に階段で転んだと伝えました。 母は何かを察しているのは明らかでしたが、兄を気遣ってのことか何も言いませんでした。 兄は母にお礼を言った後、肩をぶんぶんと回して「よっしゃぁ!」と言いました。 私には兄が強がって、おどけているように見えました。 兄が私に気がついて言いました。 「お、ちーちゃん。浮かない顔だな。最近学校はどうだい?」 「うーん、普通かな」 兄の独特の口調で話します。 ずっとそうなのかというとそういう訳ではなくて、兄が面白いと思って、敢えてその口調でいるように思います。 「そうか。何かあればすぐに私に言うように。それじゃあ少し早いけどもう寝るよ。おやすみ」 「うん、おやすみ」 そう言って、兄は階段を上がって部屋に入っていきました。 ガチャ、と音が聞こえました。 兄が扉にロックをかけるのは、珍しいことでした。 翌朝、下駄箱に靴が見当たらなかったので、スリッパで教室まで行きました。 前にもこういうことがありました。 休憩時間に探すことにしました。 以前は掃除用具入れの中にあったので探してみましたが見つかりませんでした。 掃除用具を閉じた途端、後ろからクスクスと笑い声がしました。 悲しいというよりも恥ずかしいという感情が先行しました。 教室の中にいたくなかったので、教室の外を探すことにしました。 廊下を歩いていると、兄に会いました。 「やぁちーちゃん。朝ぶりだね」 「うん」 「あれ、なんでスリッパなの?」 「あぁんと、どこに置いたか忘れちゃって」 「そうか。ちーちゃんも私に似て忘れん坊だな。探すのを手伝うよ。心当たりは?」 「いいって」 兄と話しているとまわりの人たちにチラチラと見られている気がしました。 私は兄と話しているところを学校の人たちに見られたくなかったため急いで会話を切り上げようとしました。 「いいや2人で探した方がはやい。今ちょうど私も暇だから」 「やめて」 私は兄の言葉を遮って、早足で兄から離れました。 帰りのホームルームの前にようやく靴を見つけることが出来ました。 バッグを持って部活に向かおうとしましたが、今度はバッグがありませんでした。 あのバッグは祖父母が買ってくれた大切なものなので、あのバッグにだけはいたずらしないでほしかったです。 もうすぐ部活動がはじまってしまうので、体育館に行きました。 体育館に着くと、先輩に早く着替えてくるように言われました。 先輩に着替えが入っていたバッグがなくなったと伝えると、すぐに探して参加するように言われました。 またクスクスと笑い声が聞こえてきました。 「おーいバド部。このピンクのバッグ。バド部のだろ?てかこれ女物だろ?なんで男子更衣室にあんだよ。誰の?」 卓球部の人が、私のバッグを持っていました。 途端に恥ずかしさが込み上げました。 我慢していた涙が溢れだしてしまいました。 兄も卓球部に所属しているため、兄が体育館に来るまでに泣き止まなければいけないと思いましたが、涙の止め方がわからなくて困りました。 みんなが私に注目していることに気づき、余計に恥ずかしくなり、顔を隠してしゃがみ込んでしまいました。 「ちーちゃん!どうしたの?」 顔を上げると兄がいました。 「ちーちゃん、大丈夫?何があった?」 最悪だ、と思いました。 今日のことを兄が両親に報告するのではないかとこわくなりました。 「おい」 兄が卓球部の人に向かって言いました。 「それちーちゃんのバッグだろ?返せよ!お前か?ちーちゃん泣かせたのは?」 兄はバッグを持っていた卓球部の人から強引にバッグを取りました。 「ちげーよ!なんか知らんけど男子更衣室にあったんだよ。バド部の奴らだろ?俺まじで知らんから!」 兄はバドミントン部の人たちを睨みつけました。 「お前らふざけんなよ!人の大事な妹泣かせんじゃねぇよ!」 兄は冷静さを失っていました。 そんな兄を見て、私は逆に冷静になりました。 私は兄の腕をつかんでやめてといいましたが、兄は止まりませんでした。 騒ぎに駆けつけた先生が来て、その場はなんとかおさまりました。 結局誰がやったのかはわかりませんでした。 兄は納得がいっていないようでしたが、私は誰だって良いと思いました。 帰りは兄と帰ることになりました。 いつも兄と帰宅時間が被らないように急いで帰っていたので、2人で歩いて帰るのは入学してすぐの頃以来でした。 「ちーちゃん、体調は大丈夫かい?」 「うん」 私はどちらかというと兄の方が心配でした。 いつも温厚な兄があそこまで取り乱しているのを見たのは小学校低学年の時以来でした。 「私は久しぶりに大きな声を出したおかげか、力が有り余っていてね。バッグを持ってあげよう」 「...ありがと」 いつもなら断ったいたが、兄がそうしたいように思えたのと兄を頼りたい気分だったのでバッグを兄に渡しました。 「あのさ...」 「なんだい?」 「今日のことなんだけど...」 「ほう?今日のこととは?」 察しの悪い兄には、きちんと言葉にしないと伝わらないことはわかっていたので、察してもらうことを諦めて言葉にすることにしました。 「お母さんたちには言わないでほしい...」 兄は親指を立てて言いました。 「勿論だよ。守秘義務ってやつさ」 兄の格好つけたドヤ顔がおかしくて思わず笑ってしまいました。 翌日、兄と学校ですれ違いました。 兄は「やぁ奇遇だね。ちーちゃん」と言って軽く手をあげました。 私も軽く手をあげてそれにこたえました。 昨日、一つ決めたことがありました。 それは兄と兄妹であることを隠すのは、もうやめるということです。 だって私たちは兄妹なのですから。 #創作小説 2024/11/18に公開13,700 回視聴 3.54%4433これは後に史上最悪の事件を引き起こすことになる親友アシル・ノヴァクとの出会いの話です。 アシルと目が合った瞬間、私は初めて「落ちていく」という不思議な感覚に襲われました。22世紀の私の高校は特別で、週に1~2回、直接授業を受けることができました。 アシルとはその授業で出会ったのです。 「アシル、それ何?」 尋ねると、彼は静かに「本だよ」と答えました。アシルの声は不思議で、周囲の音をかき消し、私の心に直接響いてくるようでした。「え、その紙が?実際に見たの初めて」と言うと、彼は「見てみる?」と微笑んで本を差し出してくれました。 ページをめくると、紙の厚みが心地よく感じられました。しかし、文字の並びが妙に不規則で、私は思わず「すごい!でも、すっごく読みづらいし、すぐ破けちゃいそうだね」と言いました。アシルは「そう。だから大切に扱ってるんだ」と答えました。 「どこで見つけたの?」と聞くと、アシルは「譲ってもらったんだ。知り合いから」と少し低い声で言いました。彼が本を持つ姿は一層神秘的に見えました。アシルは賢く、天才的でした。 「アシルはなんでいつも本を読んでいるの?」と尋ねると、彼は「本の良いところは、時間や場所、立場を超越できるところなんだ」と答えました。私は理解できる自信がありませんでしたが、アシルの言葉には魅力がありました。 「私も本を読まなきゃなあ。もっと賢くなりたい」と言うと、アシルは「本じゃなくてもいいと思うよ」と返しました。「僕が本を読む理由は、自分の知らない自分に出会うためなんだ」と彼は続けました。 その言葉に私は興味を持ちました。アシルは本を通じて自分の感情を理解し、過去の自分に出会うことを楽しんでいるようでした。彼の言葉は私に深く響きました。 アシルは「小説じゃなくてもいい。映画や漫画、アニメでも、いろんな作品に触れて自分を知ることが大事なんじゃないかな」と続けました。私は彼と話すことで、今まで損をしていた気分になりましたが、その一方で賢くなった気がして嬉しくもありました。 「あ、そうだ。明日、AR介護実習があるんだ。めんどくさいよね。人が人を介護するなんて時代遅れだし、勉強する必要があるのかな。もっと役立つことを学びたいな」と私は言いました。 「役立つ勉強がしたいのか。昔の日本では、誰もが行きたい大学で学びたいことを学び、行きたい企業で働いていたらしいよ」とアシルが答えました。 「そういう自由があったなんて、いいなぁ。今の時代にはないよね」と私が言うと、アシルは微笑みながら昔の話を始めました。 "21世紀半ば、日本は労働力不足を解消するために移民政策を本格的に実施した。しかし、移民が労働市場に入ることで競争が激化し、賃金は下がり失業率は上昇。さらに、治安の悪化など様々な問題が発生。そのため、日本では長い間移民排○運動が続いた。しかし島国である日本では排○も容易ではなかった。 21世紀後半には、技術の進歩により労働構造が大きく変わった。AIやロボットによる自動化が進み、多くの産業が人手を必要としなくなった結果、労働は一部の人々の特権となった。その一方で、働く機会がない大多数の人々は「基本所得」プログラムによって世帯に応じて一定の金額を受け取りながら生活を送ることとなった。" 「今では労働が一部の人の特権になってしまったね。他の人たちは限られたお金で生活するのが当たり前で、退屈だよ。それに、労働が特権になったことで移民は、最早社会の足かせになってしまった」とアシルは自虐的に笑いました。 「そんなこと言わないで」と私は言いました。 「事実だから仕方ないんだ。統治が細かく分かれているせいで、多くの人はどこの機関が何をしているのか知らない。不満があっても、ぶつける相手がわからないから、その不満は移民やその子孫に向けられるんだ」とアシルは続けました。 「本当に物騒だよね。みんな仲良くできないのかな。そういう人たちは暇なんだよ」と私が言うと、アシルは「実際に排○運動に参加している人のメンタルスコアについて面白いデータがあるよ。どうだったと思う?」と尋ねました。 「きっとスコアは悪いと思う」と私が言うと、「逆だった」と彼が答えました。「むしろかなり健康だったんだ」 「え?どうして?」と驚くと、「生きがいを見つけたから。敵を作ることで活力を得ているのかもしれない。労働の権利や病気、怪我を奪われた世界だからこそ、そうなったのかも」とアシルは話しました。 「なんだか日本って、昔読んだ小説のパロディみたいだね」と彼は続けました。 「パロディ?」と私は尋ねました。 「伊藤計劃の『ハーモニー』や、古いアニメの『PSYCHO-PASS』に似ていると思う。どちらにしても、とても味気ない世界だ」とアシルは言いました。 「知らない作品ばかりだ…」と私が言うと、アシルは遠くを見つめながら「佐藤さんは『暇と退屈の倫理学』を読んだことある?」と聞きました。 「ないよ」と答えると、アシルは「その本には、『退屈の対義語は快楽ではなく興奮である』と書かれているんだ」と教えてくれました。 「興奮?楽しいとか忙しいじゃなくて?」と私が尋ねると、「うん」と彼が答えました。「だから運動している人たちは生き生きしているのかも。なんだか物騒だね」と私。 「そういえば、物騒な話だけど、校舎の裏にうさぎの○体があったらしい。この間は住宅街で猫のも見つかったみたいで、見た人たちはみんなう○病やPT○Dになったって騒いでた」と私が言うと、「そうだね」とアシルが返しました。 「なんで人の見えるところでそんなことをするの?メンタルスコアが悪化して、センターに強制入院させられちゃうのに」と言うと、アシルは「どうかな?」と少し考えるように言いました。 「え?」と私が聞き返すと、「その行いに強い信念があれば、メンタルスコアには影響しないはずだ」とアシルは続けました。 「信念?そんなことに信念を持たないでほしいよ。何のためにそんなことをするの?」と私は思いました。話を変えようとしたその時、アシルが言いました。「啓蒙じゃないかな」 「けい、もう?」 翌日、弟がセンターに強制○院させられました。犯人は弟でした。動機について、弟はこう言ったらしいです。「啓蒙だ」と。その瞬間、アシルの言葉が頭の中で蘇り、彼の静かな笑みが思い浮かびました。 #創作小説 2024/11/06に公開1,531 回視聴 5.62%698「父さん、見て!空が綺麗だよ」 あの日、流れ星が降ってきた。 こんなにも近くの空で流れ星を見るのは初めてだった。 僕はその美しさに目を奪われていた。 「とうとうか...」 父は流れ星を見た瞬間、青ざめて僕を抱きしめ、全速力で走り出した。 後ろから大きな音が鳴り響いた。 その音は轟音とともに空気を震わせ、まるで大きな獣が吠えているかのようだった。 僕の心臓は早鐘のように鼓動し、父の腕の中で不安が広がった。 何が起こっているのか理解できなかった。 ただ、父の表情から何か恐ろしいことが迫っているのを感じ取った。 「大丈夫だ!大丈夫!絶対守るから!」 前方では、次々と流れ星が落ちていく。 僕はその光がどれほど特別なものかを感じていたが、父がなぜそんなに焦っているのかはわからなかった。 「どうして、どうして流れ星が……」 僕は声を震わせて尋ねた。 父は何も答えず、さらに速く走り続けた。 周囲の景色は変わり、静かな町並みが不気味な静寂に包まれていく。 人々の顔もどこか不安げで、急いで避けるように走っていた。 「こっち!」 1人の女性が僕たちに目招きをしながら叫んだ。 父はその言葉に従い、僕を抱き抱えて走った。 地下道があった。 地下道の入り口にたどり着くと、そこにはすでに多くの人々が集まっていた。 彼らの目は驚きと恐怖に満ち、誰もが焦りを隠せずにいた。 「ここで待っていよう、すぐに安全になるから」 と父は言ったが、その声には不安が滲んでいた。 僕はただ、父の腕にしがみついていた。 流れ星が降り注ぐ中、僕たちはただ運命を待つことしかできなかった。 その時、地下道の上で再び大きな音が轟き、地面が揺れた。 僕の心の中で何かが崩れ落ちる音がした。 流れ星は、もはや美しいものではなく、僕の知らない恐ろしい存在になりつつあった。 父は僕を強く抱きしめながら流れ星に願った。 「どうか、どうかこの子だけは」 #創作小説 2024/10/23に公開2,081 回視聴 6.49%1182恋人の佑美が、元彼と付き合ってた頃、浮気していたことを知った。 佑美は誠実という言葉を体現した人だと思っていた。 彼女は明るくて、とにかく優しくて、いつも笑顔を絶やさない。 そんな彼女が、元恋人と付き合っていた時期に浮気をしていたなんて、信じられなかった。 俺は過去に浮気をされたことがあった。 その時のことが真っ先に思い浮かんだ。 もうあんな思いは、したくない。 「元彼と付き合ってる時に浮気してたって本当?」 俺は信じることができなくて、佑美に直接確認した。 途端、佑美から表情が消えた。 それから諦めたような表情をして言った。 「そうだよ」 まるで、いつかこの日がくることを予感していたようだった。 俺は佑美に別れを告げた。 「わかった。翔くん、今までありがとう。ごめんね」 そう言って、佑美は部屋を出ていった。 佑美は振り返らなかった。 ___________________________ 幼少期から、父とは顔を合わせる機会が少なかった。 母が一人で私を育ててくれたから、父の存在はどこか遠くに感じられた。 そのせいか、男性と情緒的な関係を築くのが苦手だった。 どの男性とも短期的で短絡的な付き合いしか出来なかった。 手を重ね、身体を重ねても、熱や愛はすり抜けていった。 満たされない思いが、心の奥底に残り続けた。 そんな私に心から大切にしたいと思える人が出来た。 幸せだった。 初めての感覚だった。 この人だけには、悲しい思いをさせちゃいけない。 そう思っていた。 それなのに、結局過去の自分に足を引っ○られてしまった。 自○自得だった。 こうなることはわかっていた。 だって私は汚○人間だから。 彼と一緒にいちゃいけない。 だから、これで良かったんだ。 ___________________________ 佑美の過去の浮気、そして別れた理由を真哉に話した。 真哉は黙って聞いていたが、しばらくして口を開いた。 「可哀想だな」 「..まぁでも仕方ないよ」 「お前じゃなくて、佑美ちゃんが」 「え?」 「なんでお前が見てきた佑美ちゃんを信じなかったんだよ。お前のこと、すごく大切にしてくれてただろ」 「いや..でもさ」 「別れて良かったよ。佑美ちゃんのためにも」 真哉がここまではっきりと否定されたのは初めてだった。 「佑美ちゃんのこと、本当に好きじゃなくなったのか?」 「好きだよ、まだ」 「謝れ。すぐに」 スマホが振動した。 佑美からだ。 急いで画面を開いた。 "合鍵、ポストに入れておきます。今までありがとう" 俺は急いで荷物をまとめた。 「わりぃ。今すぐ佑美に会いに行ってくる。ありがとう真哉」 俺は走りながら佑美に電話かけた。 佑美は電話に出ない。 メッセージを送信しても一向に既読にならない。 信号を待っている間に確認するとブロックされていた。 急がないと。 信号が青になった。 走った。 俺は心の中で何度も佑美を呼んだ。 佑美。 謝りたい。 自分の気持ちを伝えたい。 彼女の目を見て、謝りたい。 そしてまだ佑美を愛していることを伝えたい。 ___________________________ 合鍵を返すために、彼のアパートへ向かった。 道中、翔くんの顔が思い浮かぶ。 翔くんと過ごした時間、彼の笑顔、優しい言葉。 それらは、私の心に深く刻まれていた。 彼に出会えたことは、私にとっての奇跡だった。 だからこそ、その奇跡を自分の手で○してしまったことが悔やしくてたまらない。 アパートに着いた。 手が震えていた。 私は左手で右手を支えながら、合鍵をポストに入れた。 最後に翔くんに謝りたい気持ちが渦巻いていたが、今更会いに行くことは出来なかった。 翔くんに最後のメッセージを送信して、ブロックした。 翔くんとの時間が終わり、もう戻れないことを実感した。 これで翔くんとの関係は、完全に終わる。 アパートを後にする時、心の中にぽっかりと、穴が開いたような感覚が広がった。 翔くんのことを思い出すたびに、あの温かさが恋しくなった。 ごめんなさい、翔くん。 私は、大丈夫。 これからも翔くんとの思い出だけで、生きていける。 だから、大丈夫。 「佑美!佑美!」 後ろから声がした。 振り返ると翔くんがいた。 _________________________ 「待って!」 佑美はハッとした後、早足で遠ざかっていく。 「待って!って... 佑美!」 呼吸が乱れて、上手く声が出せない。 佑美の手をつかんだ。 思わず左手を膝についた。 「佑美、ごめん。俺、佑美に、絶対に、言わなきゃいけないことがある」 「一緒にいちゃダメだと思う」 佑美は間髪入れずにそう言った。 「そんなことない!」 「そんなことしかない」 「違うって!」 「違くない」 「佑美ごめん。あの時、ひどいこと言ってごめん。佑美は何も悪くない。全部俺だよ。俺が佑美を信じなかったから」 「違う。それだけは違う」 確信めいた口調だった。 「私が、間違ってたから。自○自得だよ。翔くんは何も悪くない」 「正しいこととか、間違ってることとか本当はどうでも良かったんだ。それなのに俺は...佑美がいてくれたらそれだけで良かったのに」 佑美は黙って下を向いている。 「都合が良すぎるってわかってるんだけどさ。許してもらえるとは思ってないけどさ。俺は佑美と一緒にいたいよ。過去のことなんてどうだっていい。佑美といたい。佑美にいてほしい。俺にもう一度だけチャンスをください」 佑美はハッとした後、言った。 「違う。私が許せないのは、私自身だよ。私は、翔くんが思っているような人じゃない。嫌われないように、ボロを出さないように、そればっかり考えてた。翔くんの隣にいる自信、ないの。翔くんを幸せにする自信が、ないの...だからもう」 佑美の目から涙がこぼれ落ちた。 「俺、勝手に押し付けてた。佑美は明るくて優しくて、佑美こそが誠実さを体現した人なんだって、そう勝手に思ってた」 「え?」 「佑美のこと、ちゃんと見てなかった。だからさこれからもっとちゃんと佑美のことを見たい。佑美のことを知りたい。佑美の声を聞きたい。佑美の話を聞きたい。だから一緒にいてほしい...」 言葉が思考よりも先に溢れ出した、 自分で何を言っているのかわからなくなった。 必死だった。 気がついたら涙が流れていた。 「私...どうしたらいいのかわからないの。翔くんがそんな風に思ってくれていることはすごく嬉しい。私も一緒にいたいと思ってる。でも、どれだけ取り繕っても、過去の自分がいつまでも私の心の中にいて、変われる自信、ない」 佑美は声を震わせながら言った。 俺は佑美の手を握った。 「過去に起こった出来事は変えられないけどさ、解釈ならこれからだって変えていける、と思うんだ。いつか過去のことが、今日のことがあって良かったって思える日まで、2人で笑い合えるくらいずっと一緒に。もっと先の未来まで一緒に描いていきたい。どれだけ小さくても、どんなかたちでもいいから2人で一緒に生きていきたい」 「いいのかな、私が」 「お願いします。佑美にいてほしい。佑美と、生きていきたい」 佑美は顔をおさえてしゃがんだ。 俺もしゃがんで佑美の肩に手を置いた。 「ありがと。私も、一緒にいたい」 その言葉を聞いた途端に、全身が弛緩した。 佑美の背中に手を回そうとしたが、佑美に手を掴まれた。 「え?」 「でも」 そう言って、佑美は私の目を真っ直ぐに見た。 「その前に、乗り越えないといけない人がいるの。その人と会って、ちゃんと話さないといけない」 佑美の目は、本気だった。 「長くなるかもしれないんだけど、聞いてくれる?私の話」 「是非」 #創作小説 #恋愛 #浮気 2024/10/15に公開5,694 回視聴 2.95%1501教室に行くと、机の上に花瓶が置いてあった。 原因はわかっていた。 原因は、クラスでヒ○ラルキートップの子が、好きな男の子が私に告白してきたからだ。 私は告白を断った。 が、その子の恋愛相談にもよく乗っていたため、裏切られたと捉えられたようだ。 それだけだった。 学校に行かなくなってからずいぶん経った。 理由は明白で、クラスメイトのい○めに耐えられなくなったからだ。 毎日、家の中で孤○な時間を過ごし、外に出ることが怖くなっていた。 しかし、文化祭前夜のこの日、私は思い切って学校へ行くことになった。 理由は、祖母からもらった大事な入学祝いのペンを忘れてしまったからだ。 あのペンは私にとって特別なものだった。 だから、どうしても取りに行かなくてはならなかった。 夜、こっそりと学校に忍び込むことにした。周囲は静まり返り、頭上には夜曇りの空が見えていた。 学校の校舎は暗く佇んでいる。 教室の前にたどり着くと、何かが動いた。 驚いて声を出してしまった。 「誰?」 私は心臓がバクバクするのを感じながら、その影を凝視した。 すると、そこには不登校の有馬くんだった。 「チクってもいいよ」 「へぇ...?」 「別に。もう来ないし」 有馬くんはそう言って私を睨んだ。 「何してたの?」 「別に。あんたは?」 「ペン、忘れて」 「それなら明日で良くない?」 「いや...」 痛いところをつかれてしまった。 「あんたもあんま学校行ってない感じ?」 「いや...まぁ。うん」 「そうすか」 私は急いで机へ向かった。 ペンを探すために机の中を見た。 すると机の中にはぐしゃぐしゃの紙がたくさん入れられていた。 紙を開いてみると"学校にく⚪︎な。し⚪︎"と書かれていた。 他の紙にも同じような内容が書かれていた。 気持ちが、沈んでいく。 ぐしゃぐしゃの紙を机の中から出してペンを探した。 ペンはすぐに見つかった。 折れていた。 祖母からもらった大切なペンが折れていた。 折られていた。 思わず涙が溢れ出した。 やっぱり、ここに居場所は。 「なぁ明日の文化祭、めちゃくちゃにしようぜ」 「え?」 「あいつらだけ楽しい思いするの、違くね?」 私は答えられなかった。 「俺は一人でもやる」 そう言うと、有馬くんは呼び込み用にダンボールで作られた看板を手に取った。 有馬くんはそれを野球のバットのように構え、強く壁を打った。 「最高」 その瞬間、私の頭の中が真っ白になった。 彼の行動は予想外で、何が起こったのか理解できなかった。 「え、ちょっと...」 その後、華やかな装飾が施された模型を引き倒した。 バラバラと音が響き渡った。 有馬くんは大きく息を吸った。 「ざまぁーー!!!!」 大きな声で叫んだ。 「ちょ、ちょっと待って!何してるの!? 私は思わず叫んだ。 有馬くんは模型を倒しながら、まるで子供のように楽しそうに笑っている。 周囲の静けさが一瞬にして崩れ去った。 「ねぇ!やばいよ!やめよ」 有馬くんは答えない。 私は焦っていた。 が、彼の行動に引き込まれそうになってるのを自覚した。 彼の無邪気さは、私の心の奥に眠っていた感情を呼び起こすようだった。 有馬くんは目を輝かせ、次々と装飾を引き倒していった。 次に有馬くんが手に取ったのは色とりどりの風船だった。 有馬くんは「うぃー!」という掛け声と同時に一つ一つ萎ませ始めた。 プシューっと音が抜けていく度に心が晴れていくのを自覚した。 「楽しいわこれ!」 そこには純粋な笑顔があった。 それを見た私は、気がついたら立ち上がっていた。 「ほら」 「え?」 有馬くんが私に風船を一つ差し出した。 戸惑っていると、有馬くんは言った。 「抑えてたもん、解放しようぜ」 私は一瞬躊躇したが、彼の言葉に背中を押されるように、思わず頷いてしまった。 私は折れたペンを持って、風船をつついた。 途端、風船はプシューと小さく音をたてて萎んでいった。 「楽しい」 気がついたらそう口にしていた。 有馬くんは私を見て「いいじゃん」と言って笑った。 嬉しくなって、私は笑い返した。 有馬くんは廊下に出て、廊下に装飾されたお花紙を収穫作業のように廊下にポイポイと落としはじめた。 私はその姿を見て、何かが私の中で変わり始めているのを感じた。 楽しそうな彼に触発され、少しずつ私もその場の雰囲気に呑まれていった。 一つ、また一つと風船が気の抜けたような音をあげる度に込み上がるものを感じた。 次第にその楽しさは不安を勝り、夢中になっていった。 大きな声で笑い合い、心の中の重荷が少しずつ軽くなっていくのを感じた。 「よっしゃー!次は隣の教室いこ!」 こうして私は、有馬くんに触発されて、次々と教室をまわっていた。 私たちの笑い声は、静かな夜に響き渡った。 私は思い出した。 自分が自由であることを。 久しい感覚だった。 私たちが壊○ているのは、ただの装飾ではなく、心の枷だったのだ。 夜の校舎に響く声は、まるで私たちの心の解放を祝福しているかのようだった。 私たちは疲れ果てて、教室の真ん中で肩を寄せ合って座っていた。 「すごい、楽しかったね」 私は息を切らしながら言った。 有馬くんは微笑んで頷いた。 「それな」 「やばいことになるかもね」 「別にバレても良いよ。もう行かねぇし」 「多分私も」 そう言って私たちはまた笑い合った。 空を見た。 それには相変わらず夜曇りの空があった。 それでも心は、晴れやかだった。 心に、新しい希望が芽生えた気がした。 翌日の早朝、 文化祭延期の知らせが届いた。 #創作小説 #文化祭 2024/10/11に公開29,300 回視聴 8.27%2,2315祖父を笑いものにさせてしまった。 俺は祖父がかけてくれた溢れるほどの無償の愛を何度踏みにじれば気が済むのだろうか。 ___________________________ 「社員は家族です。つまり社員の家族も私たちの家族です。大事にしなければいけません。そこで来週の親睦会ですが、是非皆さんの家族も連れてきて下さい。よろしくお願いします」 俺は新卒で入社した会社を5ヶ月で離職して、この会社に入社した。 離職した原因は、嫌がらせだった。 俺は二人暮らしの祖父に心配をかけてはいけないと思い、必死に耐えた。 耐え続けた。 ある日、トイレの個室で立ちあがろうとした瞬間、足に力が入らなくなった。 冷や汗が止まらなくなった。 俺は思った。 もう、無理だ。 限界だった。 俺は祖父にこれ以上心配をかけたくないと思い、急いで転職活動をした。 焦っていた。 そしてやっとの思いで内定を掴み取った。 これでやっと祖父を安心させられる。 そう思った。 親睦会。 俺は足が悪い祖父のことを思った。 俺は祖父にあまり無理をしてほしくなかったため、社長に家族が出席出来ない場合はどうすれば良いか相談した。 社長は言った。 「なんで?」 「祖父は、足があまり良くなくて...」 社長は笑顔になった。 「なんだ大丈夫だよ!俺が岩田くんの家まで迎えに行くからさ!安心して!」 俺は気圧されてしまった。 「あ、ありがとうございます...。では申し訳ございませんがよろしくお願いします」 家に帰って、親睦会のことを祖父に伝えた。 祖父は大喜びした。 「良い社長さんだね、本当に良がった。良がったね」 「じいちゃん、俺今度こそは頑張るから。もう逃げないから」 祖父は静かに微笑んだ。 「ま、大丈夫。今の時代やめだってなんとかなるがら。体調が一番。無理はしないこと」 「じいちゃん、俺、入ったばっかなんだから辞めた時の話しないでよ。大丈夫だから」 今度こそ、祖父に心配はかけない。 それだけは心に決めていた。 親睦会の日がきた。 社長が玄関の前まで迎えに来てくれた。 祖父は、社長に丁寧にお辞儀をし、何度も何度も感謝を伝えた。 「本当にありがとうございます。ありがとうございます」 祖父は親睦会の会場に着くまで、社長に何度も感謝を伝えていた。 親睦会の会場に着いた。 会場は社長の自宅だった。 会場に着いて驚いた。 家族を連れてきていた人はごくわずかだった。 強制ではなかったのか。 祖父は一人ひとりに丁寧に挨拶をしながら、手を差し出して感謝を伝えた。 少しだけ恥ずかしかった。 が、俺は誰に対しても丁寧に、誠実に向き合う祖父を尊敬していた。 ご飯はバイキング形式だった。 「あ、岩田くんのおじいさん、大丈夫!私取ってきますから座ってて!苦手なものありますか?」 事務の村井さんが、祖父の分を取ってきてくれた。 他の方々も祖父に対して、とても優しく接してくれた。 俺は会社の方々が祖父を大事にしてくれて本当に嬉しかった。 涙が溢れそうだった。 良い会社に入社出来て、本当に良かった。 そう思っていた。 親睦会は終盤に差し掛かっていた。 徐々に片付けが始まりだした。 村井さんに一服している人たちを呼んできてほしいと頼まれた。 俺は先輩方を呼びに向かった。 先輩方の背中を見つけ、なんと声をかけようかと考えていた。 先輩方の会話が聞こえてくる。 「いや、くっさ!って思ったわ」 「おいお前、それはダメだろ。まぁ言っちゃだめなのはわかってるけど、やばかったな」 「申し訳ないけど握手された後速攻でてぇ洗いに行ったわ」 「ひでぇ」 「てかまじでじいちゃん連れてくるとかおもろすぎだろ。なんでわざわざじいちゃん?まじでおもろい。あいつ最高だわ。ギャグセン高すぎて嫉妬するわ」 男は大笑いをしている。 「まぁ純粋で良い子そうではあるけど冗談通じないタイプだな」 「え?ネタで連れてきたんじゃないの?ガチ?」 「いやガチだろ」 二人で腹を抱えて笑っている。 「あ....」 声を出そうとしたが、喉が締めつけられてうまく声が出なかった。 先輩方は俺に気づいて「おぉおつかれ」と言いながら急いでタバコを灰皿に擦った。 「あ...あの...」 息が、苦しい。 「あ片付けか。そろそろと行かないと」 「だな、急ごう」 先輩方は何事もなかったかのように戻って行った。 片付けが終わった。 祖父は再び、一人ひとりに手を差し出して丁寧に感謝を伝えた。 祖父は、祖父のことを笑っていた先輩方にも手を差し出して感謝を伝えた。 先輩方は、笑顔で祖父と手を交わした。 この後、また手を洗うのだろうか。 途端に涙が溢れ出しそうになった。 俺は天を仰いで涙を堪えた。 帰りも社長が送ってくれた。 社長は言った。 「岩田くん、あ、お孫さんの方ね。元気ない?大丈夫?」 「いえ!大丈夫です。今日は本当にありがとうございました」 「たくさん片付けをしてもらっちゃったし疲れたでしょう?ありがとね」 「いえ」 祖父に心配をかけてはいけない。 態度に出してはいけない。 「岩田さん、おじいさんの方ね。今日は来ていただいて本当にありがとうございました!」 「こちらこそ何がら何まで本当にありがとうございました。皆さんに本当に親切にしていただいて、美味しいご飯までいただいて、感謝してもしきれません。安心して孫を任せられます。ちょっと大人しいけど優しい子なのでこれからもどうぞよろしくお願いします」 「良い子ですよね、大丈夫です。安心して任せてください。岩田くん、おじいさんのこと、大切にするんだよ」 祖父が俺を見た。 「良がったね」 俺は頷いた。 「ご飯美味しがったね」 俺は堪えきれなくなって泣いてしまった。 声をあげて泣いた。 社長の声が聞こえてくる。 「岩田くんどうしたの?大丈夫?」 返事をする余裕は俺にはなかった。 祖父がどうしたと言いながら俺の背中をさすっている。 「じいちゃんごめん....。本当にごめん...。俺のせいだ」 社長は車を停めた。 「岩田くんどうしたの?何か嫌なことあった?こりゃ大変だ」 俺は謝ることしか出来なかった。 「ごめんなさい...ごめんなさい」 「俺何か悪いこと言っちゃったかな?」 俺は首を横に振った。 嗚呼、また祖父に心配をかけてしまった。 中学から高校まで不登校気味で祖父に散々心配をかけてきた。 仕事も5ヶ月しか耐えられずに辞めてまた心配をかけた。 やっと安心させられる。 そう思っていたのに、社長がいる前で醜態をさらしてしまった。 祖父を笑いものにさせてしまった。 俺は祖父がかけてくれた溢れるほどの無償の愛を何度踏みにじれば気が済むのか。 いつも少し我慢すれば良いだけのことなのに耐えきれなくなって逃げ出してしまう。 どうして俺は。 当たり前のことが、出来ないのか。 「ごめんじいちゃん...ごめんなさい」 俺は謝ることしか出来なかった。 #創作小説 #家族 2024/10/06に公開12,300 回視聴 3.99%4346彼氏は、元カノをDVしていた。 先程、彼の元カノの友人から聞いた。 丸君が、そんな人だとは思っていなかった。 いつか自分も被害に遭うかもしれないと怖くなった。 私は過去に恋人に浮気されたことがあった。 一度浮気を許したが、彼は再び浮気をした。 そのことが真っ先に思い浮かんだ。 どうして私はろくでもない男ばかりに引っかかってしまうのだろう。 私は彼と別れることを決意した。 直接会って別れ話をするのが怖かった。 そのためLINEで伝えることにした。 「丸君が元カノのことDVしてたのって本当?」 既読は、すぐについた。 返信は、5分後だった。 「本当だよ」 丸君は、否定しなかった。 私は予め用意して内容をコピーして送信した。 「正直怖くなった。いつか私も殴られるんじゃないかって。もう丸君とお付き合いを続ける気はないです。ごめんなさい。逆上した丸君が襲ってくるんじゃないかと今も心配ですが、せめて別れの挨拶はと思い、連絡しました。」 「そんなことはしません。柚月ちゃんにはもう関わらないと約束します。怖い思いをさせてしまってごめんなさい。俺なんかが柚月ちゃんの大切な時間を奪ってしまって本当にごめんなさい。どうか安心して生活してください。今までありがとう」 LINEをブロックした後、削除した。 丸君と別れるのは辛かった。 それでも別れる悲しみよりも騙されたような気持ちが強かった。 そして、別れを告げたことにより、何かおそろしい仕打ちをされるのではないか、という恐怖があった。 私は別れたことを友人たちに報告した。 皆が口を揃えて「別れて良かった」と言った。 私は間違えていなかった。 はずだった。 あれからよく丸君の夢をみる。 丸君は私に優しく笑いかけている。 思い返せば、私と交際していた間の丸君もずっとそうだった。 会うたびに「かわいい」と褒めてくれる丸君。 夜中、私が情緒不安定になり、電話をかけた時、タクシーを使って駆けつけてくれた丸君。 「柚月ちゃんのために美味しいご飯を作りたい」と料理の勉強を頑張っていた丸君。 私が起きていることに気づかずに、優しく頭を撫で、頬にキスをする丸君。 丸君が、私に暴力を振るったことが一度でもあっただろうか。いや、ない。 丸君。 一度声に出して呼んでみると後はとめどなかった。 丸君。丸君。丸君。 何度も名前を呼んだ。 涙が溢れていた。 私から会いに行くことは出来なかった。 丸君に合わせる顔がない。 いや、理由はそれだけではなかった。 丸君に会えない別の理由に、私は気づきたくはなかった。 私は、私が見てきた丸君の笑顔と優しさを信じるべきだったのではないか、という後悔が、内出血のようににぶく痛み続け、全身を蝕んでいた。 友人に素直な気持ちを相談することにした。 友人は言った。 「あのね、優しいとか関係ないの。する奴はするし、治るものじゃないの。しっかりしなよ」 私は友人を睨んだ。 友人の言葉は間違ってはいなかった。 しかし私が聞きたい言葉ではないことは、確かであった。 #創作小説 #恋愛 #失恋 2024/09/21に公開10,100 回視聴 4.78%4522私はどんなものでもなくす天才です。 この間は靴をなくしました。 下駄箱に置いて帰ったと思っていましたが、朝学校に行くと、靴がなくなっていました。 仕方がないので、靴下で教室まで行きました。 先生に相談してみましたが、早く見つけるように、と言われました。 お手洗いに行こうと思いました。 靴下のまま、お手洗いには行きたくなかったので、先生にスリッパを借りました。 もっと早く借りたら良かったと思いました。 お手洗いに行くと、人がたくさんいたので、被服室の横にあるお手洗いに向かいました。 ゴミ箱にゴミを捨てる時、中身が見えました。 靴が見えました。 もしかしてと思い、開けてみると私の靴がありました。 見つかって良かったです。 4限目は国語の授業でした。 先生に鏡文字だと言われました。 鏡文字の意味がわからなくて先生にどういう意味なのか聞いてみました。 先生は教えてくれませんでした。 聞こえていなかったと思い、先生に同じことを聞きました。 先生はチッと音を鳴らしていなくなりました。 あとで意味を調べようと思いました。 5限目の準備をするためにお手洗いから教室に戻りました。 教科書がないことに気づきました。 ロッカーにもありませんでした。 この間はベランダに置いてあったので、ベランダを見てみましたが、ありませんでした。 掃除用具入れにもありませんでした。 「これ」 焦っていると誠くんが探していた教科書を渡してくれました。 誠くんはいつも探し物を手伝ってくれる優しい人です。 私はお辞儀をして受け取りました。 誠くんは黙って教室へ戻っていきました。 放課後、自転車を押して帰っていると誠くんに会いました。 「なんでチャリ乗らんの?」 私はパンクして乗ることが出来ないと伝えました。 大きな石でも轢いてしまったのかもしれません。 誠くんはふーんと言って、スマホを空に向けました。 「何してるんですか?」 「写真」 私も誠くんを真似て、空を見ました。 雲がモクモクしていて綺麗だと思いました。 「スマホ」 「え?」 「貸せ」 誠くんにスマホを渡しました。 でもすぐ返してくれました。 スマホがブーッと音を立てたので慌ててしまいました。 画面を開くて、誠くんから空の写真が送られてきていました。 私は誠くんの連絡先を知らなかったため、不思議に思いました。 「それ良いだろ。上手く撮れたからやるよ」 そう言って、誠くんは帰ってしまいました。 誰かから何かをもらったのは初めてだったので、すごく嬉しいと思いました。 私はこの写真を宝物にしようと思いました。 なくしものの天才の私でも、スマホの中の写真ならなくさずに済むと思いました。 気分が良いのでスキップしたくなりました。 でも自転車を押して帰らないといけないので、代わりに鼻歌を歌いながら帰りました。 明日も今日みたいに楽しかったら良いなと思いました。 #創作小説 2024/09/19に公開6,176 回視聴 5.04%2847「100年後に会いに行きます」 ___________________________ あなたとの思い出と共に生きていくとに決めてから、短くない時が流れました。 それでも、どれだけ歳を重ねても、心の中のあなたが色褪せることは決してありません。 今日もあなたとの思い出を描きます。 あなたの表情を、仕草を、あたたかさを忘れないために描き続けます。 手先が自由に動かせるうちは、あなたとの思い出を描き続けます。 僕はあなたを忘れません。 最近、悲しいことがありました。 以前よりも手先を器用に動かすことが、難しくなりました。 年齢のせいでしょうか。 絵を描きすぎたせいでしょうか。 僕はこわくなりました。 あなたのことを少しでも覚えていたいのです。 忘れたくありません。 描きたい。 あなたを描きたい。 あなたとの思い出を描き続けていたい。 僕は決してあなたを忘れません。 もうあなたの顔を思い出せなくなってしまいました。 徐々に、徐々にあなたのことを忘れ、僕の中からあなたがいなくなっていくのがこわいです。 僕にとって、100年という時間はあまりにも長いです。 寂しいです。 はやくあなたに会いたい。 忘れたくない。 この間、海岸に座っていると1匹の猫がやってきました。 もしかしたら、あなたが猫になって会いにきてくれたのかもしれないと思い、嬉しくなりました。 猫はしばらく僕の横で眠っていました。 あなたもよく文庫本をお腹の上に置いて、絵を描く僕の横で眠っていたのを思い出しました。 猫は昼のチャイムが鳴ると、何処へ行ってしまいました。 僕は可笑しくてまた笑ってしまいました。 あなたは昼のチャイムが鳴ると起き上がり、決まって「アイスを食べに行きましょうよ」と言っていました。 そのことを思い出して嬉しくなりました。 手先を昔のように器用に動かすことが出来ていたなら、あの光景を描き残しておきたかったです。 しかし、僕は満足でした。 僕はあなたとの大切な思い出を思い出した。 これからも何かの拍子にあなたのことを思い出すのだろうと思い、嬉しくなりました。 僕はあなたを忘れていない。 列車の中で、大きな花火の音をききました。 今日もいつかのような人混みでした。 杖をついて、あの人混みを歩くのは一苦労でした。 なので、ひと足早く列車に乗りました。 列車に乗ると、大きな花火の音がきこえました。 その時、僕はあなたと花火大会に行った時のことを思い出しました。 あなたが屋台が楽しみだと言ったから、ひと足早く花火大会の会場に着きました。 人混みが苦手なあなたは、花火が打ち上がる前に疲れてしまい、結局ひと足早く帰ることになりました。 列車の中で項垂れていたあなたの表情が、花火を見た途端に晴れていくのを思い出しました。 その時僕は、この先たくさんのことを忘れても良いと思いました。 あなたのことだけを覚えていれば、それで良いと思いました。 文字を書くのも一苦労になりました。 手先もそうですが、もう目もだいぶ衰えました。 それに最近は物事を覚えていることが難しくなりました。 しかし、それでも良いと思っています。 何もかも忘れてしまっても構わない。 あなたのことだけを覚えています。 もうすぐだ。 もうすぐあなたに会えるのが楽しみです。 もうすぐだ。 __________________________ 目が覚めると、窓の向こうに大きな入道雲が見えた。 風が吹く。 窓の隙間から、花の香りがふんわりと広がった。 その瞬間、心が、ひどくふるえた。 すぐに支度をして、部屋を飛び出した。 花の香りがする道を走った。 走り続けた。 気がつくと辺り一面、白い花に囲まれていた。 あ、この花。 「白百合です」 振り向くと、あなたがいた。 あなたは僕に笑った。 「ずっと待っていました」 #創作小説 #第一夜 2024/09/17に公開3,241 回視聴 3.42%972「別れよう」 湊くんからの通知だ。 私は急いで返信をした。 「なんで?私何か嫌なことした?」 湊くんからの返信はなかった。 ブロックされていた。 本当に心当たりがない。 どうして。 私が何か嫌がることをしてしまったのだろうか。 嫌なことを言ってしまったのだろうか。 何か我慢をさせてしまっていたのだろうか。 私は急いで仕事を終わらせて湊くんが住むアパートへと向かった。 インターフォンを押したが反応がない。 何度押しても湊くんからの反応はなかった。 私は突然の別れに納得が出来なかった。 せめて理由を教えてほしい。 毎日湊くんのアパートのインターフォンを鳴らした。 いつまで経っても反応はない。 郵便受けからはチラシがあふれていた。 もしかしたら湊くんに何かあったのかもしれない。 私は合鍵を使い、湊くんの部屋の鍵を開けた。 ノックをしてからおそるおそる扉を開けた。 「湊くん、入ります。嫌だったら言って。湊..くん?」 部屋は真っ黒だった。 「湊くーん!入るよー!」 湊くんを呼びながら部屋の中を探したが、湊くんはいなかった。 湊くんの部屋はいつも通りきちんと整理されていた。 湊くんは何処へ。 湊くんの行き先の手がかりを探したが、何もわからなかった。 警察に連絡した方がいいのだろうか。 何処かに泊まっているだけなのだろうか。 もう少しだけ様子をみよう。 湊くんの部屋を出た。 鍵を閉めていると横から足音が聞こえてきた。 顔を見た。 「湊くん」 湊くんは私の顔を見て目を見開いた。 「まって!湊くん!」 湊くんが早足で逃げようとする。 「まって!」 私は湊くんを走って追いかけた。 私は湊くんの袖を掴んだ。 はじめにどんな言葉をかけるべきか迷った。 お互い無言のままだった。 湊くんは顔を背けている。 私は湊くんの腕を両腕で掴んだ。 作り笑いをしながら言った。 「とりあえず寒いからさ、部屋に入れて」 湊くんは顔を背けてままだ。 私は湊くんの腕を強く抱きしめた。 諦めた湊くんが部屋の中に入れてくれた。 「寒くなってきたね」 湊くんは黙ったままだ。 本題を切り出した。 「湊くん、どこに行ってたの?心配だったよ。何かあった?」 湊くんはしばらくしてから「いや」と言った。 湊くんは咳払いをした後、答えなおした。 「何もないよ」 「何もないはずないよ。私、湊くんに何か嫌なことしちゃったかな?ごめんね。私のせいだよね」 湊くんは即答した。 「ちがう」 「他に好きな人でも出来た?」 「ちがう、本当に」 「じゃあなんで」 「百合香ちゃんには、関係、ない」 「関係ないはずないよ。私はまだ別れたと思ってない。認めてないから。何かあったなら話して。湊くんの力になりたい」 湊くんは黙っている。 「ねぇ湊くん。私は湊くんの味方だよ。絶対に。湊くんにどんなことがあったとしても私は湊くんから離れない。約束する。だから話して」 湊くんの目が泳いでいる。 服を掴んだり離したりしている。 落ち着かない様子だ。 私は湊くんの手を取った。 湊くんは何か言いかけてはやめてを繰り返している。 「...とりだ」 湊くんが消えそうな声で何かを言った。 「僕は.....一人だ」 「え?」 「一人になっちゃった」 湊くんが泣いている。 泣いている湊くんを初めてみた。 「母さんの、日記を」 湊くんが声をつまらせて泣いている。 湊くんがしゃがみ込んだ。 私は湊くんの背中をさすりながら続きを待った。 「母さんの、日記をめくったんだ。母さんが○んじゃってから。日記が...白紙だったんだ。めくってもめくっても白紙だったんだ。僕のせいで」 湊くんの母は少し前に○くなっていた。 そのことは私も知っている。 湊くんが母のことをあまり良く思っていないことも知っている。 湊くんは、社会人になるまでずっと母と二人暮らしだったと聞いている。 日記とはどういうことだろうか。 私は続きを待ったが、湊くんが話せる状態ではなかった。 湊くんが落ち着いてから話の続きをすることにした。 湊くんが言った。 「かあさんが○くなった時、僕は泣けなかった。現実を受け入れられていなかった。心を押し○して何も感じていないふりをしていた。この間、実家を整理しに行ったんだ。その時に母さんの日記に気づいた。母さんが書いてたんだ。僕が家に全く帰ってこないのは私のせいだって。僕に会いたいって、たくさん書いてたんだ。僕との思い出をたくさん、書いてたんだ。僕がもっと母さんと一緒にいてあげられたら...」 私は黙って話を聞いていた。 「母さんの日記の最後の言葉は、ごめんねだった。日記をめくってもめくっても白紙で、もう母さんはいないんだと理解したんだ。途端に強烈な孤独を感じて、僕は一人なんだって。今までずっと母さんのことは嫌いだと思ってたのに。急にこわくなってどうしようもなくなってしまったんだ」 湊くんの瞳から涙が流れている。 「どうして私と別れようと思ったの?」 「それは、それは」 言葉の続きを待った。 「もう誰もいなくならないでほしい。こんな思いはしたくない。だから」 「いなくならないよ」 湊くんは黙って涙を流している。 「私から逃げないで。私はどこにも行かない。そばにいる。湊くんは1人じゃない。湊くんが嫌だって言ってもそばにいたい」 「もういやなんだ、失いたくない。関われば関わるほど辛くなる。みんな最後はいなくなる」 私は湊くんの目を見て言った。 「私は湊くんとずっと一緒にいたいの」 「どうしてそんなに...もう会社も辞めた。しばらく何もしたくない。誰とも話したくない。百合香ちゃんには何もしてあげられない。僕といてもなんのメリットもないよ」 「メリットなんて考えたことないよ。何が出来るかとか出来ないかとか関係ないの。私は湊くんが好きなの。声が好きなの。考え方が好きなの。匂いがすき。何を持つ時でも左手を添えるところが好き。好きや可愛いをきちんと伝えてくれるところが好き。湊のことを愛してるの」 湊くんは目を逸らしている。 「僕は何も返せない。百合香ちゃんがどれだけ尽くしてくれても、何もしてあげられない」 私は湊くんの頬をさわった。 「私は湊くんに助けてもらった。だから私も湊くんの力になりたい。私が仕事に行けなくなって家のことも何も出来ないくらいダメになってた時に、湊くんが支えてくれた。僕がなんとかする。仕事は辞めていい。引っ越してくればいい。百合香ちゃんは、体調が良くなるまで、家でゆっくりゴロゴロするのを仕事にしようって言ってくれた。私すごく救われたの。だから湊くんの力になりたい。ううん湊くんと一緒にいたい。私がいてほしいの」 湊くんは下を向いている。 「あの時一緒にいたのがたまたま僕だっただけだよ。それに百合香ちゃんは僕がいなくても大丈夫だった」 私は湊くんの頬に良の手のひらでふれた。 「それでも、一緒にいてくれたのは湊くんだよ。私を救ってくれたのは湊くんだよ。あの時私を救ってくれてありがとう。これからのことは2人でゆっくり考えよう。ね?大丈夫。私たちなら大丈夫だよ。焦らずにゆっくり2人で考えよう」 湊くんの目から涙が溢れて止まらない。 「湊くんだから支えたいし、湊くんに支えてほしいの。湊くんがいいの」 私は笑いながら続けて言った。 「付き合う前も話したと思うけど、私って重いんだよね、めっちゃ重いししつこいの。だからいつも振られてばっかりなの。湊くんは私のこと振らないでよ。最後の人は湊くんがいいの。それに支えてあげたいとはいったけど私が勝手にそうしたいだけなの。だから気にしないで」 それから2人で話をした。 ここ数週間の話をした。 今までのこと、それしてこれからのことをたくさん話した。 「私さ、踏み込むのがこわかったんだ。湊くん、自分のこと話すの好きじゃないじゃん?だから話してくれるまで待とうって言い訳をして逃げてた。湊くんが辛い顔、寂しそうな顔をしているときに踏み込めなかった。でもこれからはもっとちゃんと聞きたい。湊くんのことをもっと教えて。そして私のことももっと知ってほしい」 湊くんは頷いた。 私は湊くんの肩を軽く叩いた。 「逃げられると超悲しいんだから!もうやめてよー」 湊くんは再び頷いた。 「わかった、ごめんね」 「わかればよし」 お茶を沸かして、2人でダイニングテーブルに座っていた。 カーテンの隙間から、青い光がさす。 「あ」 湊くんがカーテンを開け、言った。 「もう朝だ」 「朝だね」 湊くんは驚いた顔をしている。 「気づかなかった」 私は湊くんの背中に手を添えて言った。 「もう朝だよ。夜って意外と短いんだよ!私も湊くんと付き合ってからはじめて知ったの」 湊くんと目が合った。 湊くんが静か笑っている。 それみて私は笑い返した。 「散歩にでもいく?」 私は冗談で言った。 湊くんは言った。 「今日はもう眠いな。一緒に夕方までゴロゴロしたい」 「だね」 部屋着に着替えて、2人で背伸びをした。 湊くんが大きな欠伸をした。 つられて私も欠伸をした。 「もう欠伸うつさないでよ」 目を合わせて、2人で笑い合った。 ベッドに横になった。 湊くんの手を握った。 湊くんはすぐに眠りについた。 疲れていたのだろう。 私は湊くんの頬にキスをしてから眠りについた。 #創作小説 #恋愛 2024/09/14に公開25,500 回視聴 4.77%1,1035「元カノは料理うまかったのにな」 と私の料理にケチをつけていた彼は、もう元カレになった。 そして今、あなたに何度も何度もケチをつけられて上達した料理を歳下のイケメン男子に振る舞っているよ。 「沙羅ちゃんお店だした方がいいよ。これはお店の味だよ。いやそこらの居酒屋より余裕で美味しいよ。料理習ってた?毎日食べたいんだけど」 これでもか、と見に余るフィードバックに特製の思わせぶりが添えられていた。 乱されてはいけない。 遥君の何気ない一言一言に心が乱されないように、常に気を張っておく必要がある。 私が作った料理をイケメンが美味しそうにバクバクと食べている。 うん、とても尊い。 ありがとう、元カレ。 どうか安らかに⚪︎んでください。 「そんなに褒めても何もでないよー。でもありがとう」 「褒められるの好きじゃない?」 「ううん。褒められたら褒められただけ嬉しくなる」 「じゃあたくさん褒めるから、嫌な時は言ってね」 そう言って、ニコッと笑った。 その瞬間、実家で飼っている犬を思い出した。 遥君は、どう?これが女性が求める歳下男子でしょ?と言わんばかりに、正解しか出さない。 その対女性用にカスタマイズされた笑顔も、ゆったりとした話し方も、ほんのり香るサボンも、言葉選びも何から何まで良い。 この人を嫌いな女性はいるのだろうか? いや、いない。 いないから困る。 「おーい、沙羅ちゃん。今何考えてたの?」 遥君が私の顔を覗き込んで、顔の前で手を振っている。 嗚呼、本当に。 「遥君ってホントは尻尾あるでしょ。あと多分大きな耳も隠してる」 「僕のこと狼だと思ってます?あれ、結局赤ずきんって最後どうなったの?」 「確か食べられちゃったような。でも諸説あります」 「え?そんなラストだった?」 そうか。 狼か。 通りで。 遥君は食べ終えると、キッチンに立って、皿を洗いはじめた。 手際よく作業を終わらせた後も、何度も美味しかったと褒めちぎってくれた。 「次は和食も食べてみたいな」 「次は外で食べようよ。それか遥君の家で」 遥君は少し考えた後、答えた。 わずかな間が、私を不安にさせた。 「いいですよ」 「冗談だよ」 「うち来るの嫌ですか?」 「嫌じゃないです」 「来ないんですか?」 「行きます。行きたいです」 遥君はニッコリとした。 行きたいと言ってしまった。 遥君にといるといつの間にか、こちらが望んで、欲して、お願いするかたちになっていることが多い。 なるほど。 これなら女の特技、被⚪︎者面が使えない。 「誰かを家に招待するの久しぶりです」 「ホントですか?あ、でも遥君は相手の家に行く方が多そうですね」 今更わかりきっている探りを入れてしまった。 「どうですかね。沙羅ちゃんって、部屋に歳下の男性を呼んだのは初めてですか?」 遥君は私の探りを華麗にスルーした。 「どうしたの突然。そうだよ」 「良かった」 「あ、職場の後輩の子が一回だけ来たかな」 「え?なんでなんで。なんで来たの?」 遥君はグッと距離をつめてきた。 落ち着け。 これも遥君の計算のうち。 嫉妬しているふりをしているだけ。 泳がされるな。 「別に、普通にご飯食べただけだよ」 「沙羅ちゃんが作ったの?」 「うん」 遥君の手が、私に触れた。 遥君は何も言わない。 「遥君?どうしたの?」 「泊まった?その人」 「ううん。まさか。ご飯食べただけ」 「本当にそれだけ?」 「うん。ホントに何もないって。ただの後輩」 「なんかやだな」 「ん?」 「沙羅ちゃんが他の男の人といた話」 乱されては、いけない。 遥君が肩に寄りかかってきた。 鼓動が早い。 うるさい。 うるさい。 聞こえちゃう。 「えぇ、そっか。ごめんね。でも遥君が聞いたんだよ?」 「そうだけど」 シャンプーの香りがする。 綺麗な柔らかそうな髪の毛。 嗚呼、ホントに。 「私がさ、こういう風に他の男の人と会ってたら嫌?」 「うん。嫌だ。すごく」 その答えを聞いた瞬間、急に酔いが回った気がした。 あれ、今日ってお酒、飲んでない。 嫉妬していない人が、こんな顔するかな。 しない、よね。 だってさ。 だって、すごく可愛い。 「あぁそうだ!アイス食べよアイス!」 私は逃げるように話題を逸らした。 「アイスは、今はいいかな」 遥君は逃してはくれなかった。 自分でもわかっている。 往生際が悪いことは。 「そう、だよね」 指が絡まる。 遥君は恋人繋ぎした手を見た後、指の隙間を埋めるように繋ぎ直した。 その後、私を見て微笑んだ。 「ねぇ沙羅ちゃん。今日帰んなくていいよね」 「え?」 「沙羅ちゃんに帰れって言われたら帰る」 「そんなこと、言えない」 「帰ってほしい?」 「ううん」 「ん?」 「帰ってほしくない」 嗚呼、本当に。 私には、手に負えない。 どうしようも出来ないよ。 そうだ。 ジタバタするから沈んでいくんだ。 それならもう。 考えるの、やめた。 #創作小説 #恋愛 #沼 2024/09/11に公開46,500 回視聴 5.28%2,23711「水あげないと枯れちゃうよ」 「わかってるって」 今、思い返すと、 ずっと彼だけが水をあげていた。 だから、枯れてしまった。 彼がいなくなってから、カレンダーは更新されていない。 彼がいなくなってしまった原因は全て私にあった。 私が水をあげることをサボったから。 「たまにはさ、ニチニチソウに水あげてよ。可哀想だよ」 初めてだった。 彼が強い口調で何かを言うのは、初めてだった。 「わかってるって」 「わかってないよ。そう言っていつも水あげないじゃん。水あげてくれるって約束したから、朝あげずに出たんだよ」 「忙しいの。ほんとに。朝は疲れが溜まってて全然起きれないし時間ないし、帰ってきたら限界でそれどころじゃないよ」 「忙しいのはわかってるけどさ。可哀想だよ」 初めての喧嘩だった。 私は人生の中で、性別年齢を問わず彼ほど優しい人に出会ったことがなかった。 彼の優しさに甘えてばかりだった。 一緒に花を買う時も、優大君はわざわざ葉がいたんだものを選んだ。 それくらい、優しい人だった。 激務で、日々の生活にいっぱいいっぱいになっていた私は彼に酷いことを言ってしまった。 「バイトの優大君にはわかんないよ。私がどんだけいっぱいいっぱいの中頑張ってるかなんてわかんないでしょ?だいたいさ、稼ぎだって私の方が上じゃん。こんなんじゃいつまで経っても結婚なんて出来ないよ。優大君にはわかんないよ」 優大君はハッとした後、俯いてしまった。 「そうだよね。ごめん」 優大君は諦めるように笑った。 優大君は仕事が原因でうつ病になっていた。 仕事を辞めた後も、すぐに次の就職先を見つけて働き始めた。 だけど、体調を壊してすぐに辞めてしまった。 それからはバイトをしていた。 優大君がそのことを気にしているのは知っていた。 うつ病になる前に戻りたいと誰よりも願って頑張っているのは優大君だった。 それなのに私は。 どれだけ後悔を重ねても、優大君は戻ってこなかった。 「ごめん、言いすぎた」 「ううん、出来る時やってくれたらいいからね」 また、諦めるように笑った。 「おはよう。凛ちゃん」 目が覚めると優大君がいた。 ずっと、ずっと長い夢を見ていたようだ。 「凛ちゃん、どうして泣いてるの?」 優大は駆け寄ってきて、優しく微笑んで私を抱きしめてくれた。 「大丈夫だよ。怖い夢見たんだね」 「いなくならないで...」 「ここにいるよ」 「ほんと?」 「うん。ずっと一緒にいるよ」 「いつもごめんね」 「え?」 「いつも美味しいご飯作ってくれて本当にありがとう。洗濯とか掃除もほとんど任せっきりでごめんね。いっぱいいっぱいありがとう。たくさんごめんなさい...」 優大君は繰り返し大丈夫だよと言って頭を撫でてくれた。 「私、忙しさを言い訳にして優大君のこと全然大事に出来てない。いつも寄りかかってばっかり」 優大君は何も言わない。 「酷いこと言ってごめんなさい。ほんとにごめん。私、もう仕事を言い訳にするのやめる。これからはもっと優大君に優しくするしもっと優大君のために出来ることことを増やす。優大君のために生きる」 「ありがとう」 優大君の表情がよく見えない。 優大くんの手に、身体に温もりがないことに気がついた。 「朝ごはん出来てるよ。今日はね、卵焼き2種類作ったんだ。ほら、食べよ」 「待って。先に水あげる。今日から私がやるから。いつも任せっきりでごめんね」 「大丈夫」 「もうあげた?」 「ううん」 「え?」 「もう枯れてるから」 目が覚めた。 急いで優大君を探したが、もう何処にもいなかった。 ダイニングテーブルには、もう朝ごはんは置いていなかった。 置き手紙ももう置いていなかった。 寄りかかってばかりだった。 何一つ返せなかった。 求めてばかりで、何も与えられなかった。 優大君の悲しそうな顔を見て見ぬふりをしていた。 水をあげることをサボった。 だから、枯れてしまった。 今更気づいたって、何の意味もない。 嗚呼、戻りたい。 優大君に、会いたい。 #創作小説 #失恋 2024/09/07に公開7,138 回視聴 5.91%3844かつて、私が人生で一番好きだった人がそこにいた。 2年ぶりだった。 「久しぶり。紬ちゃん」 大学内の別棟の前、 蒼くんが、そこにいた。 「久しぶりだね」 「2年ぶり?くらいだね」 「そうだね」 私たちは2年前、終わった。 別に恋人として付き合っていた訳ではない。 ただ、ずっと、一緒にいた。 今となっては、それだけの関係だった。 「同じ大学通ってるはずなのに全然会ってなかったね」 蒼くんは静かに微笑んだ。 その笑顔には、かつて感じた深淵に続くような凄まじいほどの吸引力はもうなくなっていた。 どこまでも落ちていくような感覚も、蒼くんの一挙手一投足に一喜一憂する私もいなかった。 「就活はどう?順調?」 私は蒼くんに聞いた。 私たちは2年の時を経て、大学4年生になっていた。 門出を前に、浮き足立つ時期だった。 「俺は東京の大学院に進むことにしたよ。紬ちゃんは?」 全く予想していなかった答えが返ってきた。 私が知っている蒼くんは、要領良くサボりながら、そこそこの点数を取って満足していた。 学問に向き合い、または学問を突き詰めるために大学院にまで進学するような人には思えなかった。 2年という時間が大きかったのか、当時の私が、蒼くんの一部を見て、勝手にそれを全部だと解釈していたのか、その両方か。 「東京、行くんだ。私は大阪。福岡でやり残したことはもうないから」 「そっか」 私たちは、それ以上お互いの先の人生についてはあれこれと聞かなかった。 お互いに、それぞれの先の人生に、それ以上干渉しなかったのは、この先の人生で関わり続けていくことがないと分かりきっていたからかもしれない。 「最近はどうなの?体調とか生活とか、その他諸々」 私が言った諸々というのは、女性関係のことだった。 詮索する気はなかった。 あくまで8割の興味と、2割の皮肉を込めた質問だった。 「体調はまあまぁ。生活か。今は大学とバ先の往復って感じかな。諸々については最近は何も。紬ちゃんは?諸々についてはどうですか?」 相変わらず察しの良い蒼くんには伝わっていた。 諸々という言葉の使い方は正しくはないが、2年前その言葉は、相手を詮索する際に、暗号のように使用していた言葉だった。 「私はあの後、2人付き合ったよ。1人は全然続かなかった。次の人は1年弱くらいかな。今は特に」 「意外だね」 「なんで?」 「紬ちゃんは誰と付き合っても長続きするタイプだろうなって思ってたから」 「買い被りすぎだね」 蒼くんもまた、私の一部を全部と勘違いしていたのか、2年という歳月の中で私が変わっていったのか、その両方か。 「これはただの興味本位の質問なんだけどさ」 「うん」 「あの時、一度でも私を好きだった瞬間ってあった?」 「突然だね」 「私の中では随分と長く考えてきたことだったよ」 蒼くんは左上を見た。 蒼君が考えている間に、男女が笑い合いながら私たちの前を通り過ぎていった。 その間、私たちは沈黙を選んだ。 蒼くんは通り過ぎる男女を目で追った後、私を見た。 「好きだった、と思う」 「そっか」 「でも多分、俺の好きは色んなもんがごちゃ混ぜになってて、それを相手に押し付けてしまうのがこわかった。受け入れてもらえる自信が、なかったんだと思う」 「何それ」 「訳わかんないよな。でも、ほんとなんだ。好きだったのは」 「訳わかんないね」 「多分母さんかな」 「どういこと?」 「母さんが新しい家庭で生きていくことを選んだあの日から、ごめんねって言いながら俺を強く抱きしめたあの日から、女性を信用出来なくなってたんだと思う」 初めて聞く話だった。 ただの他人になって初めて知った。 あの頃、あの手この手を使っても聞き出せなかった。 それが知りたいが為に、悶々とした日々を過ごしていた。 「それから女の人を信じたい。でも怖いっていう二律背反を抱えてた。だから、全部ダメだった」 その言葉は私に向けられたものではなく、蒼くんが自分自身に向けて放った言葉のように思えた。 「やけに素直に話してくれるね」 「もう会わないからね」 蒼くんは静かに笑った。 蒼くんは誰かと信頼関係を構築していく上で、その問題に何度も直面し続け、そしてこれからも向き合い続けなければならないと考えると不憫に思えた。 「おかしいよ」 「え?」 「だって、私も今まで蒼くんが関わってきた人たちも蒼くんのお母さんじゃないよ?」 「そんなことわかってる」 「わかってないよ。一括りにして諦めないでよ」 蒼くんは黙った。 「女性っていう大枠で囲わないで。一人一人に向き合って。怖いと思う。信じることって。好きになったり愛することよりもよっぽど難しいよね。でも諦めないでよ」 蒼くんは相変わらず黙っている。 「この人はこうなんだ。だから理解されない。ダメだって決めつけて諦めないでよ」 「そう、だね」 「私、蒼くんのことクズだと思ってた。友達に悪く言ってた。蒼くんのこと」 「そうか。それで?」 「一部を全部だと思い込んでた」 「一部を全部?」 「あなたの一部をあたかもあなたの全てであるように思い込もうとしてた。そう人に伝えた」 それは蒼くんに向けられた言葉というよりも私が私自身に向けて放った自戒であった。 「だからそういうのやめたんだ。人のせいにするの。誰かを理解することを諦めること。誰かを知った気になること」 「かっこいいね」 「え?」 「いや、そうだね。その考え方はすごく良いと思う」 「次出会った人にはさ、話せたらいいね。蒼くんの抱えてきたこととか悩んできたこと。だいたいさ、カッコつけすぎなんだよ蒼くん。大丈夫だよ。もっと弱いところを見せた方が愛嬌があって良いと思う」 「ほんとかよ。もう会わないからって適当なこと言ってるだろ」 2人で笑い合った。 蒼くんは私を見て言った。 「後悔してる?俺と出会ったこと」 「後悔はしてる。でも私には、必要だった。後悔して良かった」 蒼くんはハッとした。 「後悔して良かった、か」 「そう。私と出会ってくれてありがとう蒼くん」 「こちらこそ」 強い風が吹く。 追い風だ。 よろけまいと左足を一歩踏み出した。 一つが終わり、また新しい時間がはじまる。 その予感を覚えた。 「それじゃあ私行くね。研究室行かないと」 「俺も」 「じゃ、元気で」 「じゃ」 私たちは軽く手を挙げて、別々の目的地を目指して歩きはじめた。 そうして私たちはまたただの他人に戻ることを選んだ。 他人という関係性がより強固になった。 その関係性の矛盾に気づいて、思わず笑みが溢れた。 門出を前に、振り返ってどうだろうか。 大学生活で経験したきっと大事だったはずの出来事はすぐには思い出せなかった。 どうでもいいことばかり思い出しては、これだけじゃなかったはずだと思い起こして、繋ぎ合わせた。 後悔してたって、満足したって、私の人生は過去の上にしか続いていない。 何度も思い起こしては咀嚼し直して、噛み締めて生きていくのだろう。 この先も。 #創作小説 #恋愛 #沼2024/08/30に公開24,500 回視聴 6.87%1,51912私は気づきたくなかった。 私が見ている世界がとても不確かで危ういものだとは気づきたくなかった。 だから、私は見たいものを見たいようにみることにした。 __________________________ 「純喜(じゅんき)さん!これ鹿児島のお土産です!」 三吉(みよし)から、菓子を受け取った。 菓子は茄子のような色をしていた。 美味そうには見えない。 が、人から何かをもらった時は、笑顔で感謝を伝えることが人間関係を良好にする上で大切である。 そのため、笑顔で感謝を伝えた。 菓子は小さかったため、口に放り込んだ。 何の味なのかさっぱりわからなかったが大袈裟に美味いと言ってみせた。 もう一つくれないか、と言った。 「特別ですよ!純喜さんってそういうところありますよね」 こちら側が笑うことを期待したような話ぶりだったため笑った。 三吉も笑った。 三吉は菓子をもう一つ差し出してきた。 笑った三吉の顔は美しかったため、嬉しく思った。 三吉には、いつも笑っていてほしかった。 三吉も私が笑顔で菓子を食べた姿を見て、嬉しかったか? もう一度三吉の表情を確認するために、三吉の方を見たが、三吉はもうそこにはいなかった。 三吉がいなくなったということは、菓子の感想を伝える必要がなくなったということだ。 つまり、私が菓子を食べる必要はないということだ。 私はもう一度三吉の笑った顔が見たかったため、残念ではあるが、菓子をゴミ箱に捨てようとした。 が、菓子がなくなっていた。 捨てようと思っていたため、都合が良いと言えばそうだった。 腹が減っていても、満足にご飯を食べることが出来ない人間が、この世には多く存在するが、今私がそれを気にしても仕方がない気がした。 そのため、気にすることをやめた。 [今日の15時半、川内キャンパスの杜ダイに来てくれ。大事な話がある] 目が覚めると同級生の大樹(だいき)からLINEがきていた。 その後すぐに、お前に隠していたことがある、という一文が送られてきた。 何の話か全く見当がつかない。 今日はトレーニングに集中したかったため、出来れば明日に話を聞くか、LINEで要件を聞きたかった。 が、大事な話は、直接会って聞くべきだろうと思い、了解と返信をした。 よく考えれば、これから大学の体育館にあるトレーニングルームに行くため、大学での待ち合わせは、都合が良いと言えばそうだった。 身だしなみを整え、外へ出た。 信号機に捕まった。 ルールは守らなければならない。 もうすぐ信号機の色が変わる。 隣で待つ男は腕を組んで貧乏ゆすりをしている。 「おせぇおせぇ」 男は繰り返し言った。 男はうなり声をあげた後、奇声を発した。 男は信号機の色が変わるのを待つことが出来ずに、15m先にある歩道橋へ向かっていった。 結局、男が歩道橋を登っている最中に信号機は赤から青に変わった。 あの男に限らず、人間にはそういう特性が少なからずあると思った。 それに、もしかしたら男には、何か特別な事情があったのかもしれない。 どんな事情か考えてみたが、すぐには思い浮かばなかった。 私はこれ以上男を見たく無いと思った。 理由は不明だ。 そもそもあの歩道橋は必要なのだろうか? 横断歩道がすぐ近くにあるため、必要はないように思えたが、もしかしたら私が必要がないと思っているだけで、必要なのかもしれない。 歩道橋の上から、三吉が笑いながらこちらを見ているような気がした。 が、よく見ると三吉はいなかった。 信号機を見ると、再び赤になっていた。 渡り損ねてしまった。 左の手のひらが痛むため確認してみた。 私は手を強く握りしめていた。 手が痛むため、やめた方がいいと思い、やめた。 もう一度橋の上を見ると、既に男もいなくなっていた。 人に会う時は、清潔であるべきだ。 トレーニングが終わったため、シャワーを浴びた。 隅々まで入念に洗ったが、シャワー室には黒カビが多く、きちんと洗えているか心配になった。 が、黒カビには直接触れていないため、その心配をする必要はなかった。 そのため、心配することをやめた。 体育館の外へ出ると、三吉がいた。 髪の毛が腰のあたりまで伸びていた。 昨日まで髪は鎖骨の高さにあったような気がしたが、もしかしたら私の気のせいかもしれない。 三吉に挨拶したが反応はなかった。 私は再び三吉を呼んで、肩をつかんだ。 三吉の肩が飛び跳ねた。 ギョッとした顔でこちらを見ている。 昨日の三吉とは顔が違った。 気がかかりではあるが、まずは驚かせてしまったことを謝罪するべきだろう。 私は三吉に驚かせてすまないと言った。 「あの..どなたですか?」 冗談はやめてくれと笑いながら三吉の腕に軽く触れた。 三吉の肩がまた飛び跳ねた。 腕に触れる必要はなかった? 「ほんとにどなたですか?」 三吉は涙目になっていた。 もしかしたら三吉に何かあったのかもしれない。 力になりたかった。 三吉が何故涙目になっているか説明を求めた。 「何かあったのかって、今です。今。私もう行きますね。ごめんなさい」 三吉は走っていなくなってしまった。 三吉の後ろ姿を見た。 三吉の背中はあんなに丸かったか? 「純喜、何話してたんだ」 後ろを振り向くと大樹がいた。 私は大したことは話していないと言った。 「そうか。純喜。話をしようか」 「なぁ純喜。昨日はなんでバ先に行ったんだ?みんなびっくりしたみたいだぞ」 大樹も同じバイト先で働いていた。 質問の意味を理解することが出来なかった。 私は説明を求めた。 「純喜。お前は今、休学中でバイトも辞めただろ?」 大樹は訳のわからないことを言っている。 大樹が心配になった。 大丈夫か?と言い、大樹の顔を見た。 すると大樹の後ろで三吉が笑っていた。 私は三吉には笑っていてほしかったため、それを見て嬉しく思った。 「また、見えてるのか?」 大樹は私に聞いた。 大樹は続けて言った。 「三吉か?」 私はそうだと言った。 大樹は大きく息を吐いた。 「あのな純喜」 大樹は話をはじめた。 退屈だったため、近くを歩いているラグビー部の男たちを見ていた。 私は彼らの鍛えられた鎧を羨ましく思った。 私も彼らを見習って、トレーニングに励まなければならない。 ラグビー部の男たちの中に三吉がいた。 三吉は鍛えぬかれた鎧を纏い、溌剌とした表情を浮かべていた。 安心した。 安心したということはつまり、三吉には笑っていてほしかった。 大樹の顔を見ると、泣いていた。 「なぁ覚えてるか純喜。俺とお前と三吉の3人でよく一緒に色んなところに行ったよな。色んなことをしたよな」 私は大樹の話の続きを待った。 「俺さ、お前も三吉も大好きだったんだよ。本当だ。親友だと思ってた。でもそれと同じくらい、俺は三吉が...」 大樹は大きく息を吸った後、吐いた。 私を見た。 「俺、お前のこと好きなんだよ。ずっとずっと前から。お前が小学生の時に転校してきた時から、ずっと好きだった。お前がまた転校していなくなっちゃった後もずっと探してた。毎日SNSでお前を探してたんだ。そしてやっと高校生の時にお前を見つけた。そこからはお前も知ってるだろ。俺ら、たまたま同じ大学志望だなって話したけど、あれ嘘なんだ。お前と同じ大学に行きたくて一所懸命勉強したんだ。お前と毎日一緒にいたかったから。俺の全ては、お前のためだったんだよ。だから三吉が...。ずるいよな、今更。お前がイギリスに行ってる間に俺がしたことは許さることじゃない。三吉のこと頼んだって言ってくれたのにな。ほんとにごめんな。でもな、お前にだけはわかってほしいんだ。全部、全部、お前のためなんだ」 視界が揺れる。 私は落ち着くために、三吉の方を見た。 が、ラグビー部の男たちの中に、もう三吉の姿はなかった。 「三吉は?」 私は大樹に尋ねた。 大樹は涙を流しながら下を向いている。 「お前がこうなって、最初俺は嬉しかったんだ。あの時俺を救ってくれたお前を今度は俺が救ってやるんだって、そう思った。でも今のお前を見てると....ほんとにごめん....」 「三吉は...?」 「三吉な。浮気してたんだ。お前がいるのに。お前がイギリスに留学してる間に。贅沢だよな。こっちは何年も何年もずっと思い続けて、色んな障壁もあって、ずっとずっと...。それなのにあいつは」 「純喜さん。私のこと疑ってます?」 後ろを振り向くと三吉がいた。 私は首を横に振った。 三吉は笑っていなかった。 「おい、純喜。三吉はいないぞ」 「純喜さん。私と大樹さん、どっちを信じます?」 私は三吉だと言った。 「私のこと信じてくれますよね?そうじゃなきゃ困ります」 三吉は静かに涙を流している。 三吉には、笑っていてほしかった。 三吉に笑っていてくれないか、というと三吉は少し笑った。 安心した。 安心したということはつまり、三吉には笑っていてほしかったのだ。 私は三吉が笑ってくれていたらそれだけで良かった。 「純喜さん。私、ずっとあなたの隣にいますよ。あなただけを愛しています。大樹さんね、疲れてるみたいなの。優しくしてあげてね」 私は頷いた。 「大樹さんのこと、おうちまで送ってあげて」 「純喜。こっちを見てくれ...」 疲れている友人には、優しくするべきだろう。 いや人は、友人に限らず誰に対しても優しくあるべきだ。 「なぁ大樹。お前疲れてるんだよ。何か飲み物を買ってくるよ。ここで待っててくれ。そのあとは俺がアパートまで送ってってやるからゆっくり休め」 大樹は余計に泣き出してしまった。 大樹の肩に軽く触れて席を立った。 三吉は優しいねと言いながら笑っていた。 三吉の笑った顔は美しかった。 私も三吉を真似て笑った。 自販機がある場所を忘れてしまったため、三吉に聞いた。 三吉は答えてはくれなかった。 三吉が答えたくないのなら自分で見つけなければならない。 私は近くを通りかかった人に自販機の場所を聞くことにした。 ちょうど目の前に座っている男がいた。 私は男に自販機の場所を尋ねた。 男は泣いていた。 #創作小説 2024/08/27に公開3,808 回視聴 4.31%1478[おじいちゃん⚪︎くなったから、今日の夜おじいちゃんのうちに行くよ] 母からLINEがきた。 私は、学校だった。 まわりの音が、消えた。 突然だった。 祖父が入院したのは、ついこの間のことだった。 少し体調が悪い日が続くため、心配した祖母が病院へ連れて行った。 入院は少しの間だけのはずだった。 祖父も「ちょっとだけ行ってきます」と言っていた。 だから、実感がない。 なぜなら祖父はついこの間まで、早退する私を学校まで迎えにきてくれていた。 私に昇降口の前で「おかえり」と微笑んでいた。 祖父は、そんなはずは、そんなこと。 「遥!」 後ろから抱きつかれた。 「ねぇ!今日さ、帰りにスタバ行こ!」 「お、いいね。行こ行こ」 今日は早く帰らないといけない。 祖父が⚪︎くなったのだから急いで帰らないといけない。 母の仕事が終わる頃には、家にいなければならない。 それなのに。 あれ、おじいちゃんって、本当に⚪︎くなったの? 店を出るまで私は普段通りだった。 普段通り食事をして、普段通り友達と話して、普段通り家を目指している。 何一つかわらない。 いつも通りだった。 電車が大きな音を立てて、頭上を通過した。 「いたっ」 段差に躓いて、転んでしまった。 電車に気を取られていた。 膝は擦り剥かずに済んだが、手をついてしまったため、手を擦り剥いてしまった。 何故なのか。 擦り剥いた手を見た途端、祖父の顔が浮かんだ。 昇降口でおかえりと言って、優しく微笑む祖父の顔が浮かんだ。 運転中に鼻唄を歌う祖父の顔が浮かんだ。 どうしてこのタイミングで祖父の顔が浮かんだのか見当がつかない。 急に雨が降ってきた。 傘を持っていなかったため、急いで家を目指した。 温かい雨が流れた気がしたが、雨は温かくはないため気のせいだったかもしれない。 葬⚪︎では、涙が出なかった。 母が泣いている。 祖母が泣いている。 皆んな、泣いている。 それなのに私は泣いていない。 横たわる祖父の手を触った時、驚いて手を離してしまった。 祖父の手は大きくて温かいはずだった。 冷たいはずは、なかった。 火⚪︎の日がやってきた。 祖父が⚪︎くなってから、ずっと雨が続いていた。 今日は豪雨だった。 祖父の顔を見るのは今日が最後のようだ。 棺がガタンッと大きな音をたてて、釜の中へ入っていく。 中は狭いため、祖父が苦しくないか心配になった。 本来、その心配をする必要はなかった。 が、途端に気になって仕方がなくなった。 呼吸が浅くなる。 クラクラしてきた。 気がついたら私は祖父を呼んでいた。 涙が溢れ出していた。 祖父を何度も呼んで、祖父のもとへ足が向かっていた。 父に強く肩を掴まれた。 振り向いて父を見た。 父は黙って首を横に振った。 私はこの時はじめて、祖父が⚪︎くなったのだと実感した。 室内は、雨音に包まれ、静寂はより一層深まっていた。 私は黙って雨音を聴いていた。 雨音だけに集中しようと試みた。 何も考えないように、 ただじっと雨音を聴いていた。 散らばった、祖父を見ていた。 "これで雨の日も楽しみだね" どこからともなく声が聞こえた気がした。 祖父の声だ。 実際に聞こえたのか、私の中だけで再生された音なのかは不明だ。 "はるちゃん、大きなったから新しい長靴買わないとね" まただ。 祖父の声。 あれ私、覚えてる。 前にもあった。 そうだ。 あの時。 私が幼稚園児の時だ。 雨の中、祖父と散歩に行った。 あれ。 なんで雨が降っているのに散歩になんて行ったんだっけ? あ、そうだ。 梅雨の時期に、祖父が可愛い傘を買ってくれたんだ。 だからその傘を早く使いたくて、雨の中一緒に散歩に行ったんだ。 雨が嫌いな私のために、祖父が可愛い傘を買ってくれたんだ。 その後、可愛い長靴も買ってくれたんだった。 祖父との思い出が、色々な感情が走馬灯のように去来した。 "はるちゃん。雨嫌い?" "うん" "おじいちゃんは雨好きだな" "なんで?" "なんか落ち着くんだよね。あとはね、雨の日は大事な人たちの顔が思い浮かんで安心するんだ" "大事な人って?" "はるちゃんやお母さん、お父さん、おばあちゃん、あとはおじいちゃんのお父さんお母さんとか" "なんでなの?" "なんでだろ。おじいちゃんは雨が好きだからお葬⚪︎の時は雨がいいな!なんちゃって!" それ聞いた私はずっと泣き止まなくて、帰った後、祖父が祖母に怒られていた。 「おじいちゃんさ、雨好きだったよね」 そう母に言うと、母は頷いた。 ============= 学校を早退した。 昇降口で「おかえり」と微笑む祖父はもういない。 バス停まで歩くことにした。 今でもよく祖父のことを思い出しては泣いてしまう。 それでも祖父のことを思い出すとすごく温かい気持ちにもなる。 来月の目標は早退月1回まで、いや3回までだ。 私は「良し」と言って小走りをした。 遠くの空で雷がなった。 途端に雨が降りはじめた。 傘は持ってきていなかった。 が、問題はないように思えた。 「もっと降れもっと降れ。私は雨が好きなんでね」 #創作 #創作小説 2024/08/20に公開3,512 回視聴 4.36%1344私は、隣町の花屋の少年に恋をしている。 今日も祖父母に会うために汽車に乗って、隣町にある母の実家へ向かう。 少年がいる花屋は駅のすぐ近くにあった。 祖母は花が好きだったため、いつも駅のそばの花屋で花を買ってプレゼントしていた。 レジにはあの少年がいた。 大きく息を吸って吐いた。 呼吸を整えてレジへ向かった。 「今日はカスミソウじゃないんですね」 「え?」 少年が声をかけてくれた。 初めてだった。 「いえ、いつも一緒に買われていたので」 「あ、あの、じゃあカソミソウもお願いします!」 「ごめんなさい。無理にではないですよ。余計なことを言いました」 「あ、全然!いつも同じのだと飽きられると思って!」 緊張のあまり自分が何を話しているのかわからなくなった。 とりあえず、なんでも「あっ」からはじめる癖をやめたい。 動揺する私とは対照的に、少年は落ち着いていた。 少年は静かに笑った後、会計をはじめた。 会計を済ませて、店の外へ出た。 店の外から店内を覗いた。 少年は丁寧に花の手入れをはじめた。 スッと伸びた鼻筋と、細くて長い綺麗な指が印象的だ。 一つ一つの所作から丁寧さや優しさを感じる。 私は、その光景をいつまでも見ていたいと思った。 なるべく詳細に思い出せるように、目に焼き付けた。 駅近くの本屋で、花屋の少年を見つけた。 少年は本に吸い込まれてしまうのではないかというほど夢中になっている。 声をかけたい。 が、邪魔はしたくない。 そもそも何と声をかければいいのかわからない。 恥ずかしくて声をかけることが出来ない。 でも話したい。 少年が本を置いたら、なるべく自然な感じで偶然通りかかったような顔をして挨拶だけしよう。 そう思った。 私は参考書コーナーの前に立ち、適当な参考書を手に取って時間を潰すことにした。 参考書を読みながら何度も少年を横目で見た。 少年は動かない。 しばらく少年は動きそうにない。 気がついたら私も夢中になって参考書を読んでいた。 ハッとした。 まずい!と思って少年の方を見た。 既に少年はいなかった。 「あぁ...何やってんだろ私」 私は参考書を閉じて大きく息を吐いた。 これじゃあ私、まるでスト⚪︎カーじゃん。 帰ろ。 参考書を元あった場所に戻して帰ろうとした。 「勉強ですか?おつかれさまです」 後ろを振り向くと少年がいた。 「あ!あの、あ、こんにちは」 驚きのあまり、脳がショートしてしまった。 体温が急に上昇した。 「途中でいるなって気づいたんですけど、夢中になって読んでいらしたのでタイミングを逃しちゃって」 綺麗な声だと思った。 声をはりあげるわけでもないのに、この人の声はまわりの音に邪魔されることなく届く。 人とは違う材質でできているような声。 「いえいえ!全然!参考書読んでたんですけど、勉強苦手で全然わかりませんでした」 「一緒ですね。僕も受験勉強しないといけないのになかなか捗らなくて」 「あ!え?もしかして同い年ですか?ずっとちょっと上だと思ってしまった」 「今、中3です」 「え!私も!です。高校どこ受験するんですか?あ、てか聞いても大丈夫ですか?嫌だったら答えなくてもいいですからね!」 馴々しく聞きすぎたと思った。 「一高です」 「え!すご!頭良いところじゃないですか!」 「まだ入れるかわかんないですけど」 「入れますよ!だってめっちゃ頭良さそうですもん!多分私の3倍くらい、いや10倍は良いと思いますよ!」 少年は口元を手で隠して少し笑った。 「え、私なんか変なこと言いました?」 「ううん、表情とジェスチャーがすごくて。こんなに全身で感情を表現する人と初めて話しました。とっても素敵だと思います」 嬉しさと恥ずかしさがこみ上げて、視線を下に向けてしまった。 目を合わせることが出来なくなってしまった。 「勉強頑張りましょうね。それじゃあ」 「あ、はい!頑張りましょう!お店、また行きます!」 「待ってます」 少年はお辞儀をして、私に背を向けてしまった。 「あの!」 私は少年を呼んだ。 少年は振り向いた。 「お名前!教えて下さい!私、一華(いちか)です!」 「紫陽(しよう)です」 「紫陽くん!また!」 「一華ちゃん。また」 紫陽くんはそう小さく呟いて、身体の前で小さく手を振ってくれた。 最寄駅の改札を抜けてから、家まで走って帰った。 玄関のドアを開けた。 「ただいまー!」 母の「おかえりー」という声が聞こえてくる。 洗面所までダッシュした。 手を洗った後、階段を駆け上がって部屋を目指した。 リビングから出てきた母が「ちょっとご飯はー?」と言った。 私は2階から顔を覗かせて言った。 「後から!」 「なんで?」 「お母さん!私一高行くって 決めた!頑張って勉強する!」 #創作小説 #恋愛 2024/08/16に公開4,825 回視聴 4.58%19751234>次へ×インフルエンサーコンテンツCSVダウンロードフォロワー総数、フォロワー増減数、エンゲージメント数、エンゲージメント率ダウンロード※ データには投稿ID, 投稿URL, 説明文, 再生数の他、LIKE数, コメント数, シェア数, 動画尺, 公開日が含まれます。 コンテンツをCSVでダウンロード